管弦のまとまりがよく、厭味の無い爽やかな演奏。 ― 瑞々しさと疾走感がとても眩しい、マリス・ヤンソンス初期の代表的なレコーディング。1986年、43歳の若さあふれる指揮ぶりは、早めのテンポのなかに、リズム感あふれ弾みまくり、思い切り旋律を歌わせた恰幅のよさに、この頃のヤンソンスの音楽づくりの姿をみてとれるチャイコフスキーでした。チャイコフスキーの交響曲の中で唯一の長調で書かれた、舞曲風の伸びやかな音楽にあふれた素敵な作品です。4~6番はともかくとして、ロシアの大地と民族色も匂わせる1~3番の魅力もチャイコフスキーの交響曲を聴く楽しみ。構成感よりは、旋律重視のメロディアス・シンフォニーたち。終楽章のポロネーズのリズムからきている「ポーランド」の愛称も、バレエ音楽のような印象を受ける。オスロ・フィルハーモニー管弦楽団の高域の澄んだ、北欧風の音色もまたうれしい。36歳のヤンソンスがオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任したのは1979年。その当時は一地方団体とみなされていたこのオーケストラを短期間で国際的水準にまで高めた気鋭ぶりは大変に有名ですが、オスロ・フィルの側も、1977年に新設されたフィルハーモニック・ホールに本拠を移し、これに伴う組織改編でメンバーが大幅に若返るなど従来にない意欲の高まりがあって、ヤンソンスの果敢な指導を積極的に受け入れたと伝えられています。その上昇機運を証明するかのように両者は1983年にイギリス・ツアーを行い、大成功させます。そのイギリスからの帰国直後、ヤンソンスとオスロ・フィルはそれまでの成果を世に問うために本拠で自費録音をおこなってデモ・テープを作り、このテープに収められたチャイコフスキーの交響曲第5番を聴いたシャンドス・レーベルの首脳が即座に交響曲全集レコーディングの契約を決断した、という逸話はあまりにも有名です。録音で先行して存在が知れることとなった、このオーケストラの響きは、しなやかで、瑞々しい音色、北欧特有の叙情性に富んでいるとされる。ノルウェーのオスロを拠点とするこのオーケストラは、クリスチャニア協会のオーケストラとして結成されたのが1867年と古く、結成時はグリーグも指揮者として登壇したが、後しばらく低迷期もあった。そこで国内外から積極的に指揮者を招き、とくにオド・グレネ=ヘッゲが戦前の1931年から33年と戦後の1945年から62年の合わせて20年近くこのオーケストラに尽くしたことで、飛躍的に水準が上がった。その音楽監督の後任をヘルベルト・ブロムシュテット〜オッコ・カム〜マリス・ヤンソンスへとバトンされることで、実演や録音において国際的な評価を得るまでに成長した。とくに積極的に展開するヤンソンスとの23年間にわたる期間は実り多き時代であった。そして、チャイコフスキーの交響曲第5番のシャンドス・レーベルへの売り込みが功を奏し、全集を録音して成功を足がかりに、さらにはEMIとも契約を結び、シベリウス、ショスタコーヴィチ、ドヴォルザークなどの交響曲を録音することとなる。
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