〝自由を勝ち取る〟 ― 〝解放の〟オペラとも呼ばれるベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』はヴェルディが作曲した、国家の興亡がメインに据えられた壮大なご当地オペラ『アイーダ』と並んで杮落しなどの記念公演でよく上演される。日本初演は、通説では1935年6月5日に近衛秀麿指揮の新交響楽団第157回定期演奏会に於ける演奏会形式による上演が初演とされている。歌劇場と並んで『フィデリオ』を盛んに上演しているのがザルツブルク音楽祭で、ベートーヴェン没後100年の1927年に記念公演としてフランツ・シャルクの指揮によって初めて取り上げられて以来、戦前期にはリヒャルト・シュトラウス、クラウス、アルトゥーロ・トスカニーニ、ハンス・クナッパーツブッシュが、戦後にはヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カール・ベーム、ロリン・マゼール、ゲオルク・ショルティら名指揮者・大指揮者が指揮をしている。ドイツ第三帝国時代には「ドイツ精神を高揚するオペラ」として盛んに上演された。トーマス・マンは、内容的にはナチの思想に合致しないはずの『フィデリオ』が、ナチ支配下で盛んに上演された不思議さを友人に書き送っているが、1955年11月5日、4ヵ国占領から〝自由〟になったウィーンで戦後再建されたウィーン国立歌劇場で、戦後初めてのオペラ上演となるオーストリア共和国再建国・国立歌劇場再開の演目にベートーヴェンの〝解放のオペラ〟『フィデリオ』が選ばれたのである。ウィーン・フィルの美質と言えば、他では聴けない管楽器群の響きの美しさと弦楽器群の臈長けた美しさ、そして何よりも他のオーケストラでは絶対に聴くことの出来ない歌い回しの見事さあたりでしょうか。クラウスとウィーン・フィルのコンビならではの濃密な表現、そのどこまでもウィーン風な洒落た味わいは実に見事。ウィーンの生んだ名指揮者、クレメンス・クラウス(1893〜1954)は、大戦後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭のほか、バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団などに出演する多忙な生活を送っており、指揮活動のピークを迎えていました。これでもかというくらい独墺圏のポストを広く席巻してます。その反面、ウィーン、ベルリン、ミュンヘンというドイツ語圏の三大歌劇場の音楽監督を歴任した人にしては残されたクラウス自身の録音がとても少ない。そこにはベートーヴェンやブラームスはあまり得意ではなかったようだったことにも理由がありそうだが、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスでの独特の華やかでしなやかな音楽は現在聞いても、きわめて魅力的である。ウィーン生まれの指揮者で大成した存在は意外に少なく、戦後まで活躍した中で世界的大指揮者の域に達したのは ― 現在もなおクラウスとエーリヒ・クライバーしかいないが、クライバーはウィーン的伝統とは距離を置いた革新派と見られていたこともあり、強い個性の中にもウィーンの香りを忘れなかったクラウスの名は〝最後のウィーンの巨匠〟として今なお懐旧と畏敬を込めて語られ続けている。
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