ベートーヴェン青春の響き ― マウリツィオ・ポリーニの国イタリアではピアノ音楽にオペラのヴェルディは愚か、ロッシーニやプッチーニにさえ匹敵するものがない。そのためポリーニは自国のものでないベートーヴェンやショパンを弾くのが、彼の演奏にはあまりにも強いイタリア的性格が示されていた。すなわち明晰な感覚美による合理的な造形である。そこに現されるクリアな美しさは、まさに地中海の伝統とも言える古典主義を思わせたが、ポリーニにおいては、それが過去を懐かしむのでなく、常に現在と密着している。イタリア人の国民性の特色は現実に足を踏まえたリアリズムにあるが、ポリーニの音楽にはそのことが強くにじみ出ている。このようなピアニストが、ある意味ではヴェリズモの作曲家以上にリアリストだったベートーヴェンの曲を、見事な平衡感を持って表現するのは不思議ではないが、ポリーニの場合はそうした音楽の感受力が知的な秩序への意図とオーヴァーラップしており、そこにベートーヴェンの意志的な力を改めて示すことになったように思える。勿論そうしたことが一朝一夕に行われるはずもないが、ポリーニの場合その成熟への未知をまっすぐに進んでいるように見えながら、実は何回か大きな壁にぶつかってきたとも言えるのである。彼は1960年の第6回ショパン・コンクールに優勝して間もなく、楽壇からふっつりと姿を消し、しかもその空白が十年も続いた。それは彼のこれまでの人生で最も困難な時代であったとも考えられるが、モーツァルトに続いて登場した、このベートーヴェンを聴くと、この間にも彼は何かの岐路に立ったのではないか。レコードの企画などというものには、レコード会社のプロデューサーの意図が大きく働いていることは言うまでもないがカール・ベームほどの巨匠が、自分の肌に合わないピアニストとの協演を承知するはずがなく、またポリーニが如何にベームを尊敬していてもポリーニの側からベームに働きかけるのも不自然である。とするとこの二人の協演の実現には、やはりベームの意志が大きく作用していたと見るのが妥当であろう。それが本当なら、怜悧な彼のピアニズムのどこかに自分の演奏に欠かせない何かを感じたのだろうか。もし逆に何気にベームとの会話に、あなたのおっしゃる曲を録音したいですとポリーニが切り出したら、それならモーツァルトやりましょう。なんてやりとりがあったのかと想像してしまいます。ベームはモーツアルトを自らの〝音楽上の守護神〟と称していたが、80才を越えた老匠は、そのポリーニの精密な機械仕掛けの自動演奏、完璧な10指のコントロールで放つ『音の粒』の静かな嵐に『神』を感じていたに違いない。
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