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リリー・クラウスの絶頂期の記録

日本人が愛するモーツァルトの名盤を、日本軍によって失っていたかもしれない。拘留され第二次世界大戦終結まで軟禁された女流ピアニスト。
通販レコードのご案内《仏ディスコファイル・メタル使用盤》US HAYDN SOCIETY HS9056 リリー・クラウス モーツァルト ピアノ奏鳴曲K.457/K.284/K.475
ディスコフィル・フランセ録音

モーツァルト弾きとして知られるリリー・クラウスの最高傑作盤です。米ハイドンソサエティの本盤は、晩年の米国コロムビア盤と比して若い所為か情熱を内に秘めた、生命感に溢れる演奏です。 他のピアニストと比べると、自由自在なテンポ設定でフォルテは強いタッチで鳴らし非常に個性的です。
- ピアノソナタ第14番 ハ短調 K.457
- ピアノソナタ第6番 ニ長調 K.284
- 幻想曲 ハ短調 K.475
モーツァルトの音楽の持つ多様性を過不足なく的確に表現し、このフレーズはこうでなくては、と云うまさに正鵠を得た最高の演奏を聴かせてくれる。演奏家は身体で勝負するだけに、心身の衰えを如何にカバーしていくかが難しい。特に女性の場合、多くはそれに結婚・出産などが重なる。全身全霊を傾けた命がけの演奏家として、宇野功芳氏が挙げるのはアルゲリッチ、デュ・プレ、チョン・キョンファそれにリリー・クラウスと、みな女性だが長く第一線を保ち続けたのはクラウスぐらいで、彼女を驚異と宇野氏は捉えている。
彼女らは、いわゆる女性的なものを押し出さず、火のような情熱と作品に切り込んでいく深みにおいて男性奏者に匹敵する。しかし、このまま死んでもいいというほどの燃え尽き方を男性奏者は絶対にしないものではないか。ハンガリー生まれのリリー・クラウスは「モーツァルトは燃え立つ火です」と語っているが、クラウスの演奏にはパッションの炎が確かに感じられる。当時の演奏家としてはテンポの緩急の巾が大きく、ダイナミクスの変化にも激しさを見せるのは、内面から湧き上がる情熱が自然体として表層に上がってきた音楽で、現代の演奏家が大ホールに響き渡るような派手なパフォーマンスを恣意的に行っているものとは根本的に異なるものです。
ハ短調ソナタ K.457このソナタは、幸福感に満ちたK.330からK.333の4曲に続いて作曲された作品で、きわめて劇的な性格を持ったソナタであり、後のベートーヴェンにもっとも強く影響を与えた作品だといわれています。また、このソナタはK.475の《幻想曲ハ短調》とセットで演奏されることが多くて、その関係が昔からいろいろと取りざたされてきた作品でもあり、このレコードでも第6番を挟んで演奏されています。モーツァルトが2曲をその順序に組み合わせて出版したためでもあるのですが、しかし、両曲とも途中に明るいハ長調の部分があるにしても、基調はハ短調で深刻な情緒が支配的ですから、《幻想曲》だけ切り離して演奏したほうが効果的だという説も少なくありません。 モーツァルトが活躍した当時のコンサートではソナタの演奏に先立って幻想曲風の即興演奏を披露する事がよくあったそうです。このハ短調ソナタはモーツァルトの弟子であったトラットナー夫人のために書かれたもので、同じ調であるハ短調の幻想曲は彼女がコンサートで演奏するときのために、前半で披露する即興演奏のものとしてあらかじめ作曲したものではなかったのかというのが現在の定説となっています。手本としてモーツァルトが譜面にしたためた幻想曲を、夫人がいかに即興演奏としたかは想像を出ませんが、しかし、当時のピアノの可能性を限界まで使い切ったと思えるほどに広い音域とダイナミックな音量が求められるこのソナタを提供されたトラットナー夫人はそれなりの技量を持った女性であっただろうことが想像されます。 第6番のピアノソナタは、オペラの上演のために冬を過ごしたミュンヘンでデュルニッツ男爵からの注文に応えて作曲した、19歳の時の作品です。ニ長調という性格からも、明らかにハイドン風の特徴を持っていますが、今までの即興演奏などでため込んできたあれこれのアイデアをここに凝縮してまとめたものと思える、規模が大きく、まるで交響曲をピアノ用に編曲したような風情だといわれてきました。また、第3楽章の大規模な変奏曲形式はモーツァルトのソナタとしては他に例がなく、厳格な父レオポルドもこの作品をとても高く評価していました。とりわけ33小節にも及ぶアダージョ・カンタービレの第11変奏は本当に美しい音楽です。 ベートーヴェンに影響を与えた強烈なソナタと、即興演奏の風情のあるピアノ作品を組み合わせた、リリー・クラウスの演奏はモーツァルトの書いた音符を正確にバランスよく響かせることに意を注ぐのではなくて、モーツァルトが音符を使って書いた「心のドラマ」を再現しようと言うものです。譜面をめくる音も聞き取れることから、細切れの録音ではなく何回かテイクをとって、そのうちベストのものを採用しているようです。そのことも、このレコードの価値を高めているのかもしれません。彼女の演奏に虚心坦懐に耳を傾ければ、モーツァルトがこの音楽にこめた深い感情がヒシヒシと伝わってきます。そして、「人生は美しい、人生は生きるに足る」というモーツァルトのささやきが心に染みいってきます。リリー・クラウスのピアノはくっきりとしたフレージングで、モーツァルトのピアノ・ソナタなどは最近よく聴くような軽やかで透明感があるようなものとはまったく違って、正統派にして刺激的な歯ごたえがある。神経質では無い思い切りの良さが有る意味〝男性的〟ですが、モーツァルトに対する途方も無く深い愛情を本質に持つので、どの曲を聴いていても少しも飽きることなくモーツァルトの音楽がどんどんと心の中に浸みこんで来ます。
1956年パリ録音。通販レコード詳細・コンディション、価格
プロダクト
- レコード番号
- HS-9056
- 作曲家
- ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
- 演奏者
- リリー・クラウス
- 録音種別
- MONO
コンディション
- ジャケット状態
- M-
- レコード状態
- M-
- 製盤国
- US(アメリカ合衆国)盤
“Haydn Society” DARK GREEN WITH SILVER LETTERING, MONO 1枚組 (170g), Stamper 仏ディスコファイル メタル XTV 使用盤。通販レコード
詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。- オーダー番号34-25929
- 販売価格5,500円(税込)
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民族音楽への興味 ― 歌というものに対して不親切な時代における、ひとつの光明だ。

旋律は音楽の魂である。

“3大ヴァイオリン協奏曲”というのがある。ベートーヴェン、メンデルスゾーンに、ブラームスかチャイコフスキーの、何れかが挙げられる。 ― 3曲目が難しいので、“4大”にすると激論にならない。しかし、ほかにもヴァイオリン協奏曲には名作が数多い。
“10大”となれば必ず入選するのが、ドイツの作曲家マックス・ブルッフの代表作、ヴァイオリン協奏曲第1番だ。 -
“Refuge in Music” クラシック音楽のごちそうさん 110歳の天寿

Farewell Alice Herz-Sommer! We are saddened to hear that the visionary musician and survivor of the Theresienstadt concentration camp died yesterday. Her love of music and belief in its power brought solace and hope to many in one of history’s darkest hours.
Daniel Hope interviewed Herz-Sommer just a few months ago as part of the documentary “Refuge in Music”, a tribute to the musicians of the concentration camp “Terezin”. You can learn more about the film here: http://bit.ly/TerezinDVD
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指揮者クラウディオ・アバドをしのんで

音楽を楽しむ。それがピシっとした指揮姿から良く感じられたクラウディオ・アバドが亡くなって今月20日で、ひと月となる。
エグモントの音楽
BSプレミアムでは2014年2月10日、2つの演奏会が放送された。
前半は2012年のルツェルン音楽祭から、演奏会の様子は9月2日に Medici.tv で放送された。演奏会は8月10日。全体的にまだらな空白が客席に目立つのはマーラーの交響曲第8番からベートーヴェンの『エグモント』とモーツァルトの『レクイエム』に変更になったからだろう。この二曲なら大きいホールは必要ではなかったと思えるように、音響が遠い。迫力は薄めだけど、その分残響に助けられて聴きやすい。前半のベートーヴェンは、序曲は聴きなじんだもの。期待通り、セオリー通りの音楽となっていた。ソプラノのユリアーネ・バンゼのグレートヒェンは清楚な印象。ブルーノ・ガンツは語りで PA を使用したものでしたが全体整っていて違和感はなかった。
オーケストラの中にクラリネットのザビーネ・マイヤーを見つけた。
後半のレクイエムはオーケストラも加わったことで、前半の音響はかなり改善されている。ただ合唱の響きがオーケストラを圧するところがある。でも、キャパが大きい効果か澄んだ音楽に仕上がっている。
モーツァルトと弟子たちの共作としての《レクイエム》
ソプラノはアンナ・プロハスカ。バスはルネ・パーペ。テノールのマキシミリアン・シュミットはペーター・シュライアーを思い出させる。アルトのサラ・ミンガルドも理想に合う。リヒターが指揮した『レクイエム』の大好きな録音に並ぶ。
『レクイエム』はモーツァルトの最後の未完の作品であるのはご存知でしょう。自筆で残っているのは最初の2曲のみ。あとは弟子に口述して引き継がせました。あちらこちらにモーツァルトが完成していたら、もっと違う音楽に広がったんじゃないかなと思えるポイントが有ります。アバドはそういう期待も思わせながら、モーツァルトが描き上げた部分も書き上げなかった部分も一体とした音楽を作ります。
多くの録音が前半、後半と切り替える雰囲気があるのにアバドはアーメンをブリッジにして後半に音楽の気持ちを引き継いでいる。各曲を細切れにすること無く本来のプログラムがマーラーの千人の交響曲だったことを思い起こさせた演奏になった。
永遠の安息を、そして永遠の光に
現代の時間の中で再構成されたモーツァルトの音楽といえるだろう。言い換えれば、古楽演奏を学びとはしているけれどもモダン・オーケストラで楽しく聞かせていると言えば分り易いだろうか。
この演奏は現代音楽の響きに馴染んだ耳も楽しませる。もし《レクイエム》かぁ、と食指を伸ばさなかったままだったら後半だけでも聞き返して欲しい。もちろんいろいろなモーツァルトのレクイエムを聞いてきていたら、複数の版があるのを面白く並べ替えているというパズル的興味も持たされる。
最後のアーメン・フーガがまるごとカットされていて、そのかわり無音の中でアバドは一分間指揮棒を旨に抱いたまま黙祷する。
死は嘆き、省みるものではなくて生きている人が先に進むためにあるものなのです。
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Maria Callas, 1963

『マリア・カラスの真実』(フランス2007年。日本では2009年公開)は、マリア・カラスの生涯に焦点を当てたドキュメンタリー映画です。
有名なオペラ歌手ですが、後年、睡眠薬大量摂取での自殺未遂、睡眠薬や興奮剤を乱用し、肺血栓で53歳で亡くなりました。
なぜ、命を縮めるようなことを行い、50代という若さで亡くなったのでしょうか。映画は彼女の生涯を追います。
母親は男の子を望んでいましたが、生まれたのは女の子マリア。失望した母親は4日間も受け取りを拒否・・・マリアの兄が2歳で脳膜炎で亡くなり、母親は次の子は男の子を、と青い産着まで用意したそうです。
歓迎されず、居場所もありませんでした。6度の引っ越し。セールスマンの父は不在がち。家族団欒もありません。ハーレムの近くに引っ越しますが、母親は環境に馴染ませようとせず、部屋に閉じ込め、通りで遊ぶことも禁じました。
マリアは自分を無口で汚いと思っていて、学校では友人がなく「友達と遊んでも楽しくなかった」と彼女は語ります。
唯一の友、飼っていた小鳥に歌っていたマリアの歌の才能に気づいた母は条件付きで愛するようになります。
また母親は、自身の大女優になる夢を押し付けた部分もあったようです。映画の中でマリアが語ります。
「自分で決めた道ではなく、家族が決めた。家族と摩擦を起こさない為、従うしかなった」
「母がレールを敷いた。母は仕切っていた」
「親の代わりに出世しろ」
「お前の為に犠牲を払った」
「母からお金をくれないと新聞にぶちまける、と強請られた」とまで語る。そんな母親 を、晩年まで許せなかったそうです。映画は「この世に彼女の居場所はない。声だけが残った。」というナレーションの後、彼女の歌声で幕となります。
Maria Callas, 1963, in Paris, accompanying herself on the piano.
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GB DECCA LXT5325 ピエリーノ・ガンバ ロンドン交響楽団 ロマンティック序曲集 ヴェルディ・「椿姫」前奏曲他
今聴いても、活力みなぎる演奏は充分魅力的だ。 ― ピエロ・ガンバ(Piero Gamba)は1936年にローマに生まれた指揮者でピアニスト・作曲家。ピエリーノ・ガンバ(Pierino Gamba)としても知られる。少年時代に指揮者デビューしたガンバは早熟な才能で注目を集め、10歳代からロンドン交響楽団と共にデッカ・レコードへいくつかの録音を残し、またフィルハーモニア管弦楽団とEMIにも録音を行って、その神童ぶりを発揮しました。その後は多くのオーケストラを指揮し、これまでに125のオーケストラを指揮したというガンバは、1971年から1980年までウィニペグ交響楽団の音楽監督を歴任。以降はヨーロッパから南米、アジアにわたる世界各国の主要なオーケストラ ― モントリオール交響楽団、トロント交響楽団、ダラス交響楽団、フィルハーモニア管、スイス・ロマンド管弦楽団などと共演を果たしている。現在はニューヨークに住んでおり、そこで教育活動や指揮活動を継続して行っている。殆ど忘れられた指揮者になってしまったのが不思議である。要因としては彼のレコードがステレオ初期にとどまり、その数は少ない、比較的知られたところものとしてはジュリアス・カッチェンの伴奏を務めたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集でしょうか。やや安全運転気味とはいえ、曲の魅力を伝える手堅い指揮が印象的でした。 ガンバはイタリア出身で、本盤でも、イタリアの作曲家中心の選曲となっています。ヴェルディ:歌劇『椿姫』より第1幕への前奏曲、マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲、マンチネッリ:歌劇『クレオパトラの悲劇』序曲、ヴェルディ:歌劇『シチリア島の夕べの祈り』序曲、マルトゥッチ:管弦楽のための夜曲、ポンキエッリ:歌劇『ジョコンダ』より『時の踊り』。またガンバは多くの演奏家と共演しており、共演した有名演奏家はピアニスト、ヴァイオリニストから管楽器奏者、ルチアーノ・パヴァロッティに至るまで人数は100人を超す。 それらが演奏に反映された、切れの良い、なかなか見事な名演が続きます。ブルックナーやマーラーなどは交響曲1曲がLPレコード2枚組であったりで、マーラーを聴くといったら管弦楽伴奏の歌曲で慣れ親しんでいる私のような世代には懐かしさすら感じる選曲ですが、名曲集だからといって流したところが一つもなく、どの曲もオーケストラともども真剣に取り組んでいるところに好感を持ちました。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2Nnnlts
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GB DECCA LXT5164 ジュリアス・カッチェン ピエリーノ・ガンバ ロンドン交響楽団 チャイコフスキー・ピアノ協奏曲1番/リスト・ハンガリー幻想曲
「君はテクニックがありすぎるね」 ― カッチェンは、10歳の時にラジオ番組に出演してシューマンを弾き、その放送の出来を聴いていたユージン・オーマンディに1年後に招かれて、Philadelphia Academy of Musicでフィラデルフィア管弦楽団と演奏。その1ヶ月後、ニューヨークのカーネギーホールで、ジョン・バルビローリの指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を弾いてデビュー、ニューヨーク・タイムズはカッチェンの演奏について11歳の少年にこれ以上望むことはできないだろう。
と賞賛した。その後、カッチェンは大学で哲学とフランス語学を学びながら、デイヴィッド・サパートンに師事して腕を磨き、やがてパリに留学して演奏会が注目を集めると、その後はパリを本拠に活躍。カッチェンはレコーディングが好きだったが、スタジオ録音の時でさえ、自然に熱情や興奮が湧き上がってくるといううらやむべき才能があった。カッチェンが共演した指揮者は、エルネスト・アンセルメ、カール・ベーム、ゲオルク・ショルティ、ラファエル・クーベリック、オイゲン・ヨッフム、オットー・クレンペラー、ピエール・モントゥー、アンドレ・クリュイタンス、エドゥアルト・ファン・ベイヌム、イシュトヴァン・ケルテス、アタウルフォ・アルヘンタ、フェレンツ・フェレンチク、フランツ・コンヴィチュニー、カール・ミュンヒンガー、ペーター・マーク、ベンジャミン・ブリテン、アナトール・フィストゥラーリ、エイドリアン・ボールト、ルドルフ・ケンペ、ピエリーノ・ガンバなど。ピアニストとしての活動が20年ほどと短かったけれど、レパートリーは幅広く数多くの録音を残している。英DECCAレーベルの花形スターにふさわしい華やかで超絶的な技巧を身に付けつつ、同時に見世物サーカスにならない抑制的な知性も有する。しかもその音楽がヒューマンで抒情的で温かい。それどころかときには熱い情熱すら感じさせる。英DECCAが、カッチェンが20歳になる前にすでに契約をしていたというのは驚きだが、一番最初の録音(DECCA)は、1949年、彼が23歳の時に弾いたブラームスのピアノ・ソナタ第3番。しかも、この時の録音を担当したのは有名なDECCAのプロデューサー、ジョン・カルショー。このほかにもカッチェンの録音を担当していた。語弊がある表現かもしれないが、アット・ホームなレコーディング風景だった。いろんな演奏の録音を聴いていると、かなり感情が嵩ぶって弾いているところも少なくない。感情(激情)と理性との間を絶えず行き来しつつバランスをとりながら弾いているという感じの方が強い。カッチェンの演奏は理知的なアプローチだと言われたりするが、本盤、チャイコフスキーのピアノ協奏曲では、カッチェンが突進している。「知性」と「テクニック」と「情熱」を高度な水準で融合させた協奏曲録音。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2tKoeEm
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GB DECCA SXL2293 ジュリアス・カッチェン ENCORES
天性の〝Showman〟 ― 公開演奏を愛するジュリアス・カッチェンは確かなメソードを身につけ、音楽性、肉体の成長を無理せず、スコアを洞察し、その自然な成長で〝聴かせる音楽〟をクリエイトしたピアニストだ。カッチェンがリラックスしていた唯一のポジションは、椅子に座ってピアノの鍵盤へ腕を伸ばしている姿勢の時であったほどピアノを演奏して、いつでも聴かせることに没頭できた。公開演奏を愛するカッチェンは、スタジオ録音もたいていは手慣れたもので、強い集中力のおかげで長時間の録音も平気だった。立て続けにベートーヴェンの代表作3曲とディアベリ変奏曲のような複雑な曲を録音するのにかかった時間は、3時間の録音セッションが2回足らずだったと録音プロデューサーのレイ・ミンシェルの回想にある。語弊がある表現かもしれないが、アット・ホームなレコーディング風景だった。カッチェンは、11歳の時にラジオ番組に出演してシューマンを弾き、その放送を聴いていたユージン・オーマンディに招かれてモーツァルトのピアノ協奏曲第20番でデビューしたという逸話でも知られています。その後、カッチェンは大学で哲学とフランス語学を学びながら、デイヴィッド・サパートンに師事して腕を磨き、やがてパリに留学して演奏会が注目を集めると、その後はパリを本拠に活躍。肺癌のため42歳で早世するまで、ソロだけでなく室内楽にも意欲的に取り組み、また、演奏活動の傍ら、日本の骨董である「根付」の蒐集にも情熱を燃やすなどユニークなパーソナリティでも注目を集めました。ネッド・ローレムは1928年生まれの米国の作曲家。管弦楽曲からピアノ・室内楽曲まで幅広く手がけているが、特に歌曲には人気がある。カッチェンとローレムは年齢が近く、2人がパリで暮らしていた時に親交が始まったようだ。1951年に作曲されたピアノ協奏曲第2番はカッチェンのために書かれたもので、1954年にカッチェンのピアノで初演されている。ローレムはピアノ・ソナタを全部で3曲作曲しているが、1952年にカッチェンがデッカに初録音を行った、ピアノ・ソナタ第2番の録音がある。ローレム作品の初録音でもある。この録音によって、ローレムの名前が幅広く知られることとなった。カッチェンが初めて弾く曲を習得するときは、最初は完全にピアノから離れて楽譜を読み込んでいくのが習慣だった。私がピアノに向かう時は、単に頭の中にある青写真(blueprint)を実現するだけなのです。
カッチェンは演奏旅行には楽譜を持っていかなかった、楽譜は頭の中ではなく写真のように全て指に写し取られていた、とローレムは回想していた。しかし、アンコール集(Encores)の録音では、カッチェンが思っていたほどにスムーズには進まなかった。スタジオ録音の冷静さのなかでは、大成功したコンサートの最後にアンコール曲を次から次へと弾くような雰囲気や気持ちに達することは、不可能だった。とうとう諦めて、友人30人を招待して多少なりともライブのようにしてみたところ、1時間が過ぎて聴衆が盛り上がった時には、いつものようにアンコール曲を弾く用意ができていた。「バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ」、「ブラームス:ラプソディ ト短調 Op.79-2」、「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」より第2楽章」、「リスト:ハンガリー狂詩曲第12番」、「メンデルスゾーン:歌の翼に」、「モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16番ハ長調 K.545より第1楽章」、「メンデルスゾーン:ロンド・カプリチオーソ ホ長調 Op.14」、「ショパン:英雄ポロネーズ Op.53」、「ショパン:幻想即興曲 Op.66」、「ドビュッシー:月の光」、「ファリャ:火祭りの踊り」。本盤はそうして完成した。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2ME2L6Y
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GB DECCA SDDA261-9 ジュリアス・カッチェン ブラームス・ピアノソナタ全集
確かなメソードを身につけ、音楽性、肉体の成長を無理せず、スコアを洞察し、その自然な成長で「聴かせる音楽」をクリエイトしたピアニスト。 ― ベートーヴェンのピアノ協奏曲などの録音を担当したプロデュサーによれば、カッチェンは、スタジオ録音であっても、各楽章は1つの曲としてまとまったものであるべきだという考え方だった。そのため、スタジオ録音でもほとんど編集をしていなかった。カデンツァを聴くとカッチェンがいかに高度なテクニックを持っているかわかる。タッチの種類が豊富で素晴らしい。強靭な音から優しい音、輝かしい音から軽やかな音まで見事に描き分けている。カッチェンの演奏は高度な技巧と確かな様式感を軸とした充実したもので、録音を担当したDECCAのプロデューサーはカッチェンについて、「いつも大きな笑顔を浮かべ、エネルギッシュで社交的だった。陽気で誰からも愛される性格で、自己中心的(egocentric)なところがあるが、それがとても魅力的だった」と言っている。驚異的な技巧と深い教養に裏打ちされた音楽的な表現が印象深いカッチェンの演奏は、抒情的な感情に溺れることなく理知的で、現代人の感覚にもストレートに訴えかけてきます。レパートリーは古典から現代曲まで、またスラヴものからドイツ、フランス、アメリカものまで幅広く、ヨーロッパでは高く評価され、特にブラームスとベートーヴェンのスペシャリストとしてよく知られています。逸材との共同作業にも先進的だった、デッカには40数枚のLP録音を残しました。そうした洗練されたカッチェンの美しきピアニズムは本盤でも遺憾なく発揮され、淡々とした美しさを奥深い透明感で貫いて描ききる素晴らしい名演。数々の英デッカのオーディオファイルレコードで、カッチェンは弾力的なリズム感と固い構成感で全体を見失わせない実に上手い設計で聴かせてくれる。冒頭から終わりまで息もつけぬ緊張感を味わえます。カッチェンの演奏は理知的なアプローチだと言われたりするが、当時、カッチェンは〝あまりに急ぎすぎる〟、〝衝動的に突進する〟とずっと批判されていた。これに対して、編集者のジェレミー・ヘイズは「それほどに音楽的な衝動に突き動かされてピアニストが弾いているのを聴くことができるというのは、驚くべきことだ」と言っている。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2lHJ6ay
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GB DECCA SDD137 ジュリアス・カッチェン ピエール・モントゥー ロンドン交響楽団 ブラームス・ピアノ協奏曲1番
聴いていて空恐ろしい凄さ ― 作曲家が想像した以上の域にまで高めていく。驚異的な技巧と深い教養に裏打ちされた音楽的な表現が印象深いジュリアス・カッチェンの演奏は、抒情的な感情に溺れることなく理知的で、現代人の感覚にもストレートに訴えかけてきます。レパートリーは古典から現代曲まで、またスラヴものからドイツ、フランス、アメリカものまで幅広く、デッカには40数枚のLP録音を残しました。洗練されたカッチェンの美しきピアニズムは本盤でも遺憾なく発揮され、淡々とした美しさを奥深い透明感で貫いて描ききる素晴らしい名演。カッチェンはひとり遥かにブラームスの才能の上を行く。数々の英デッカのオーディオファイルレコードで、カッチェンは弾力的なリズム感と固い構成感で全体を見失わせない実に上手い設計で聴かせてくれる。冒頭から終わりまで息もつけぬ緊張感を味わえます。DECCA レーベルでは早くから録音を開始し、ブラームスのみならずレパートリーの広いカッチェンは、まさに破竹の勢いで演奏活動を行っていた時期に当たります。英 DECCA 社は、この米国の逸材から利益を計上したと関係者から聞いた事が有ります。一頃の DECCA のピアノ部門はカッチェンが背負っていたと云っても過言でないことを証明する名盤。更に付け加えておきますが、ピエール・モントゥーの躍動感溢れる指揮、交響曲第5番を聞いているようです。ブラームスを生涯尊敬し慈しみ続けたモントゥーこそと考えられるかも知れません。収録時カッチェン32歳、モントゥーは83歳の時の演奏です。この後、ちょうど10年後に急逝したことで活動が途切れたことは非常に残念です。ステレオ盤は、SXL2112が初発。録音自体も1960年以前のものとはいえ、鮮明に記録されていました。当時のDECCAの録音技術は驚くべきです。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2tFEOVO
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GB DECCA SPA121 ピエール・モントゥー ロンドン交響楽団 エルガー・エニグマ変奏曲、ブラームス・ハイドンの主題による変奏曲
GB DECCA SPA121 ピエール・モントゥー エルガー・エニグマ変奏曲、ブラームス・ハイドンの主題による変奏曲
商品番号 34-19439
通販レコード→英ブルー・レーベル盤 The World of Great Classics
最後の一音が鳴り終わるまで、時が経つのを忘れてしまう。 ― 日本では小品の《愛の挨拶》や行進曲《威風堂々》などがもてはやされているエドワード・エルガーの音楽。しかし、彼が〝近代イギリス音楽の父〟となるきっかけになった作品は、まだロンドンの楽壇に名乗って出る前に、故郷ウスターで書かれた《エニグマ(謎)変奏曲》というオーケストラ作品。曲名の「エニグマ ― Enigma」とは、「なぞなぞ」「謎かけ」などを意味するギリシア語。大戦中にドイツが用いたエニグマ暗号機の名で世界的に知られる。正式なタイトルは『独創主題による変奏曲』(Variations on an Original Theme for orchestra)だが、通称である『エニグマ変奏曲』で一般的には定着しており、エルガー自身もその呼称を認めていたようだ。主題に続く14の変奏に、「C.A.E.」とか「B.R.T.」など、意味ありげなイニシャルを表記したので、聴いた人に「これは何かの謎か?」と詮索されたのである。全曲中一番美しい変奏である「ニムロッド」を聴きたくなると、そこだけでなく全曲通して無性に聴きたくなる。「エニグマ変奏曲」は、1963年の第6回大阪国際フェスティヴァルでの来日時にシベリウスの交響曲第2番と共に演奏された曲で、晩年のモントゥーが好んで取り上げていた作品です。緩急を織り交ぜて展開されるモントゥーの格調高い指揮は、この曲に描かれている方々の品位を全体的に上げているかのように聴こえるほどです。エルガーの作品自体、ブラームスに通じる局面が多いとも言え、「エニグマ」変奏曲に引き続いてブラームスの変奏曲を聴くことは、ブラームスを生涯尊敬し慈しみ続けたモントゥーこそと考えられるかも知れません。現在では英デッカ・レーベルで聴くことが出来るが、初発はRCA LIVING STEREO レーベルからリリースされた。録音場所はキングスウェイ・ホールで音質は低域は厚くないが明確で良好。もちろん本盤は欧州セッションですから、蜜月関係にあった英デッカチームのミシャエル・プレムナー、エンジニアは大御所ケネス・ウィルキンソンが担当した録音だ。1950年代後半から蜜月関係にあった英デッカチーム、ジェームス・ウォーカー&ケネス・ウィルキンソン制作の名盤。本盤は、第3の廉価盤シリーズとして「The World of Great Classics」と銘打った「SPAシリーズ」盤。RCA LIVING STEREO で LSC2419 として初発された素晴らしい録音。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2yPiTjP
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GB RCA SB-2070 ピエール・モントゥー ロンドン交響楽団 シベリウス・交響曲2番
モントゥー唯一の録音 ― 豊かな響きに支えられた、壮大かつ凝縮力のある演奏。 ― フィンランドの国民的大作曲家シベリウスは、7曲の番号付きの交響曲を残していますが、最もポピュラーなのがこの第2番。北欧の森と湖の自然を思わせる抒情性とロマンティックな情熱に満ちた名作です。シベリウスの《交響曲第2番ニ長調 作品43》はフランス生まれの大指揮者ピエール・モントゥーが残した唯一のシベリウス録音として知られる、洗練の中にもぬくもりを忘れない格調高い演奏で、モントゥーを語る上では欠かせない晩年に遺した名盤の一つ。イギリスには以前よりシベリウスの演奏史が多くあるため、シベリウスが活躍したフィンランドに限らず北欧以外のヨーロッパにおいてはオーケストラにとっても十分親和性の高い曲であり、晩年のモントゥーにとってレアな曲とは言え慈しみのある解釈はステレオ初期においても名盤と評価されていました。また、1963年の第6回大阪国際フェスティヴァルでの来日時に、「エニグマ変奏曲」と共に日本で演奏されたことでも広く知られています。モントゥーの指揮は冒頭から引きつけるものがある。一言で表現すれば〝大人の風格〟か、明快さ、明朗な演奏。若手のやる気満々の指揮者のような情熱の発散ぶりに驚きを禁じ得ません。メカニックな響きはどこにもなく、細部を緻密に掘り下げるのではなく、全体の曲の雰囲気作りと大きな有機的なフレージングを信条とした演奏は、今聴いても新鮮です。曖昧な部分がなく、それでいてスケールは極めて大きい。テンポにもフレージングにもまったく無理がなく、表情はさりげないのに味わいがあって滋味豊か。モントゥーは、ブルーノ・ワルターと同じで70歳を過ぎてから益々意気盛んといった感じの人物者。健康的な快速テンポはこの老人の何処に潜んでいるのだろうか、微妙なニュアンスの豊かさ、スポーツ的にとどまらない陶酔感、推進力を裏付ける音楽性 … 。晩年残された録音は全て傾聴に値するといいたくなるほどの名演揃いで、加えて、最晩年になってもあまり衰えることの無かった気力・体力にも恵まれた所為か、ステレオ録音にも素晴らしい演奏がたくさん残されている。何かと共通点の多いワルターとモントゥー、永遠に其の名を刻む大家と言えよう。若いが年寄りめいた指揮者が多い昨今、モントゥーのような指揮者が現れる事希求します。しかし思うにモントゥーというマエストロは、「春の祭典」のセンセーショナルな初演等々近代音楽で名を馳せましたが、晩年に近づくにベートーヴェンやブラームスなどの古典モノに傾倒した指揮者ですね。同時期のドヴォルザークの交響曲第7番も唯一の録音。響きの豊かさでもさることながら、気品がありながらも高揚する場面も随所に備えた、まさにこの曲を味わうには最適の盤です。当時まだ第7番はそれほど録音される機会は少なかった作品であり、どちらかと言うと有名な第8番や第9番と多少異なり、民族色を前面に出した解釈が多い曲でしたが、いち早く曲の魅力をグローバルに打ち出したモントゥーの指揮は出色でした。現在では英デッカ・レーベルで聴くことが出来るが、初発はRCA LIVING STEREO レーベルからリリースされた。録音場所はキングスウェイ・ホールで音質は低域は厚くないが明確で良好。もちろん本盤は欧州セッションですから、蜜月関係にあった英デッカチームのミシャエル・プレムナー、エンジニアは大御所ケネス・ウィルキンソンが担当した録音だ。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2MoQhzV
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GB RCA SB2155 ピエール・モントゥー ロンドン交響楽団 ドヴォルザーク・交響曲2番
流動性と豪快さを備えた純音楽的名演。 ― ピエール・モントゥーが晩年に遺した名盤の一つ。モントゥーの指揮は冒頭から引きつけるものがある。一言で表現すれば〝大人の風格〟か、明快さ、明朗な演奏。若手のやる気満々の指揮者のような情熱の発散ぶりに驚きを禁じ得ません。メカニックな響きはどこにもなく、細部を緻密に掘り下げるのではなく、全体の曲の雰囲気作りと大きな有機的なフレージングを信条とした演奏は、今聴いても新鮮です。曖昧な部分がなく、それでいてスケールは極めて大きい。テンポにもフレージングにもまったく無理がなく、表情はさりげないのに味わいがあって滋味豊か。第2楽章のアダージョなど抜群だ。いかにも好好爺を思わせる指揮ぶりが目に浮かぶ。一転して、第3楽章など80歳代半ばの指揮者とは思えないチャーミングさ。最終楽章も活力があり十分に壮大だ。モントゥーは、ブルーノ・ワルターと同じで70歳を過ぎてから益々意気盛んといった感じの人物者。健康的な快速テンポはこの老人の何処に潜んでいるのだろうか、微妙なニュアンスの豊かさ、スポーツ的にとどまらない陶酔感、推進力を裏付ける音楽性 … 。晩年残された録音は全て傾聴に値するといいたくなるほどの名演揃いで、加えて、最晩年になってもあまり衰えることの無かった気力・体力にも恵まれた所為か、ステレオ録音にも素晴らしい演奏がたくさん残されている。何かと共通点の多いワルターとモントゥー、永遠に其の名を刻む大家と言えよう。若いが年寄りめいた指揮者が多い昨今、モントゥーのような指揮者が現れる事希求します。しかし思うにモントゥーというマエストロは、「春の祭典」のセンセーショナルな初演等々近代音楽で名を馳せましたが、晩年に近づくにベートーヴェンやブラームスなどの古典モノに傾倒した指揮者ですね。フランスとかドイツとかチェコとかイギリスとかを感じさせない。カバー表紙の表記は「2番 Op.70」だが現在は「第7番 Op.70」になる1961年初リリース盤。ドヴォルザークは、ほかに第4番の録音があるのみ。ドヴォルザークの交響曲録音で、モントゥーを思い出す方は殆どいないだろう。曲と指揮者が結びつかない。実際モントゥーは4、7番の2曲しか録音していない。2曲とも1959年の英国録音でオーケストラはロンドン交響楽団。それにしてもロンドン響はドヴォルザークの名演が多い、米国のオーケストラとは異なる味わいがある。ロンドン交響楽団のアンサンブルは洗練されているといえないが、金管を中心とした荒ぶる魂の表出は素晴らしい。モントゥーはフランス人(後にアメリカ国籍)で温厚で洒落たイメージだが予想外。ラファエル・クーベリックのような劇的な演出はないが熱く燃えた演奏だ。とにかく一途な情感と説得力がある。小細工はなしで突き進む。丁度PHILIPSに録音したドビュッシーやラヴェル、シベリウスの交響曲第2番等のような雰囲気が出ている。録音場所はキングスウェイ・ホールで音質は低域は厚くないが明確で良好。もちろん本盤は欧州セッションですから、蜜月関係にあった英デッカチームのミシャエル・プレムナー、エンジニアは大御所ケネス・ウィルキンソンが担当した録音だ。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2KjnfUW
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GB RCA ARL1-1155 リン・ハレル ジェームズ・レヴァイン ロンドン交響楽団 ドヴォルザーク・チェロ協奏曲
若さに溢れた2人の演奏家の気概がぶつかりあった爽快なまでの名演。 ― ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、グレゴール・ピアティゴルスキー=シャルル・ミュンシュの次世代の名演としてRCAの代表盤となったもの。米RCAがロンドン交響楽団で録音した意欲的なセッションは、グラミー賞ノミネートしました。合衆国期待の新進チェロ奏者リン・ハーレルはドヴォルザークのチェロ・コンチェルトという話題盤で、わが国にデビューしたが経歴については詳しいことは伝えられていなかった。ジュリアード音楽院でレナート・ローズに師事し、チェロを学んでいた青年が、ガンで父を失い、その2年後に自動車事故で母を失います。ハレルは、両親の死と折り合いをつけるまでには長い時間がかかりました。しかし彼はこれまでに、人間の魂の持つ弾力というものは尋常ではないことに気づかされました。その後18歳になるまで、彼は親戚や友人の家をスーツケース一つとチェロを持って転々としていました。そして、ロバート・ショウとローズの推薦によりクリーヴランド管弦楽団のオーディションを受けた青年は生活のためにその職についたのでした。若くしてクリーヴランド管の首席奏者となっただけでなく、ローズの遺産の愛器を譲られた、というエピソードもまた、彼の実力を示していると思います。だが、その才能がどれほどのものであるかという点については、受賞歴などを列するまでもなく、わずか21歳の若さでクリーヴランド管弦楽団の首席奏者におさまったという事実を引き合いに出すだけで十分だろう。二流、三流のオーケストラならともかく、疑いなく世界屈指のクリーヴランド管の主席である。しかも当時の常任指揮者は、あのジョージ・セルである。四半世紀にわたる彼の指導の下で、このオーケストラが稀にみる充実ぶりを示していた頃の話だ。オーケストラに職を得ることにより生活の安定を得た青年は、ソリストとしての華やかな生活に少なからず憧れを持ち、オーケストラで演奏することに飽きてしまいます。すると、厳格で知られるセルは若いチェロ奏者を呼び、こんな話をするのです。セルは、私がブラームスの第2の第1楽章の第2主題を好きかどうか訊きました。で、私は好きだと答えました。するとセルはブラームスの3番の第3楽章の最初を好きかどうかと訊きました。私はまた好きだと答えました。するとセルはこう言いました。「まあ、なんだ、わかるだろう、自分一人ではそういうのを弾くことはできんのだよ。そういうメロディはたくさんの人間で弾くことを想定されて作曲されてるんだ」その後、オーケストラの曲をどうやって練習したら、チェロのセクション全体のようには弾けないために不満を感じていらいらしたりすることがないようにできるかということを話し合いました。セルは、こういうものは音楽史上の至宝であるということ、自分が曲全体の中の統合されてかつ重要な一部であると感じることができなければならないこと、そして私がそう感じない限り不満を感じないようにはならないこと、を語りました。それで私は彼の部屋から晴れやかな顔で出てきました。なんてすばらしいことだ、オーケストラの中で演奏できてそれを本当に楽しめるなんて!と思ったものです。
ここには、コンクールを経て有名になり、ソリストとして活躍するのではない、師匠ローズと同様にオーケストラの一員として働きながら経験を積み、音楽を円熟させて行く生き方が示されているように思います。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2lwcOzj
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FR RCA ARL1-1568 リン・ハレル ジェームズ・レヴァイン シューベルト・アルペジオーネソナタ メンデルスゾーン・ソナタ2番
ハーレルのこのみずみずしく、一点のくもりのない素晴らしい音色は、まさに、時代を担い若手ナンバー・ワン・チェリストの名にふさわしい! ― 合衆国期待の新進チェロ奏者リン・ハーレルはドヴォルザークのチェロ・コンチェルトという話題盤で、わが国にデビューしたが経歴については詳しいことは伝えられていなかった。だが、その才能がどれほどのものであるかという点については、受賞歴などをするまでもなく、わずか21歳の若さでクリーヴランド管弦楽団の首席奏者におさまったという事実を引き合いに出すだけで十分だろう。二流、三流のオーケストラならともかく、疑いなく世界屈指のクリーヴランド管の主席である。しかも当時の常任指揮者は、あのジョージ・セルである。四半世紀にわたる彼の指導の下で、このオーケストラが稀にみる充実ぶりを示していた頃の話だ。それは、1970年度来日で我々もよく知っている。ハーレルは1971年にこのオーケストラを退団して、ソリストとしての道を歩き始めた。或いはセルの死(1970年)が、ひとつの契機だったのかもしれない。それはともかく、このようにオーケストラの首席奏者を経て独奏家に進むのは、チェリストとしては珍しいことではない。グレゴール・ピアティゴルスキー、ダニール・シャフラン、ヤーノシュ・シュタルケルらの顛末がそうだし、ハーレル自身がジュリアード音楽院で師事したというレナード・ローズもまた同様であった。これは、チェロ奏者がピアニストやヴァイオリニストと比べて比較的地味な存在であることを物語っているが、ハーレルの場合は、特にリーダーがセルであっただけに、そのオーケストラの変化は次のマスに駒を進めるトリガーとなった。しかし、ニューヨークでリサイタルを開きますが、お客の入りはさっぱりで、しばらくは鳴かず飛ばずの状態でした。この時に手を差し延べたのが、クリーヴランド管で同僚だった指揮者ジェームズ・レヴァインです。レヴァインとハーレルとは、ハーレルがセルのもとでクリーヴランド管の首席チェロ奏者だった時代に、レヴァインが同団で副指揮者をつとめていたころからの旧知の中。協奏曲と室内楽でたびたび共演し、RCAにはLPにして5枚分の録音を残しています。本盤はピアノを担当しているレヴァインとハーレルの初録音となったシューベルトのアルペジオーネ・ソナタ&メンデルスゾーンのチェロ・ソナタ第2番。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2Mj9ClW
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