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  • リリー・クラウスの絶頂期の記録

    リリー・クラウスの絶頂期の記録

    日本人が愛するモーツァルトの名盤を、日本軍によって失っていたかもしれない。拘留され第二次世界大戦終結まで軟禁された女流ピアニスト。

    通販レコードのご案内《仏ディスコファイル・メタル使用盤》US HAYDN SOCIETY HS9056 リリー・クラウス モーツァルト ピアノ奏鳴曲K.457/K.284/K.475

    ディスコフィル・フランセ録音

    モーツァルト弾きとして知られるリリー・クラウスの最高傑作盤です。米ハイドンソサエティの本盤は、晩年の米国コロムビア盤と比して若い所為か情熱を内に秘めた、生命感に溢れる演奏です。 他のピアニストと比べると、自由自在なテンポ設定でフォルテは強いタッチで鳴らし非常に個性的です。

    1. ピアノソナタ第14番 ハ短調 K.457
    2. ピアノソナタ第6番 ニ長調 K.284
    3. 幻想曲 ハ短調 K.475

    モーツァルトの音楽の持つ多様性を過不足なく的確に表現し、このフレーズはこうでなくては、と云うまさに正鵠を得た最高の演奏を聴かせてくれる。演奏家は身体で勝負するだけに、心身の衰えを如何にカバーしていくかが難しい。特に女性の場合、多くはそれに結婚・出産などが重なる。全身全霊を傾けた命がけの演奏家として、宇野功芳氏が挙げるのはアルゲリッチ、デュ・プレ、チョン・キョンファそれにリリー・クラウスと、みな女性だが長く第一線を保ち続けたのはクラウスぐらいで、彼女を驚異と宇野氏は捉えている。

    彼女らは、いわゆる女性的なものを押し出さず、火のような情熱と作品に切り込んでいく深みにおいて男性奏者に匹敵する。しかし、このまま死んでもいいというほどの燃え尽き方を男性奏者は絶対にしないものではないか。ハンガリー生まれのリリー・クラウスは「モーツァルトは燃え立つ火です」と語っているが、クラウスの演奏にはパッションの炎が確かに感じられる。当時の演奏家としてはテンポの緩急の巾が大きく、ダイナミクスの変化にも激しさを見せるのは、内面から湧き上がる情熱が自然体として表層に上がってきた音楽で、現代の演奏家が大ホールに響き渡るような派手なパフォーマンスを恣意的に行っているものとは根本的に異なるものです。

    ハ短調ソナタ K.457
    このソナタは、幸福感に満ちたK.330からK.333の4曲に続いて作曲された作品で、きわめて劇的な性格を持ったソナタであり、後のベートーヴェンにもっとも強く影響を与えた作品だといわれています。また、このソナタはK.475の《幻想曲ハ短調》とセットで演奏されることが多くて、その関係が昔からいろいろと取りざたされてきた作品でもあり、このレコードでも第6番を挟んで演奏されています。モーツァルトが2曲をその順序に組み合わせて出版したためでもあるのですが、しかし、両曲とも途中に明るいハ長調の部分があるにしても、基調はハ短調で深刻な情緒が支配的ですから、《幻想曲》だけ切り離して演奏したほうが効果的だという説も少なくありません。 モーツァルトが活躍した当時のコンサートではソナタの演奏に先立って幻想曲風の即興演奏を披露する事がよくあったそうです。このハ短調ソナタはモーツァルトの弟子であったトラットナー夫人のために書かれたもので、同じ調であるハ短調の幻想曲は彼女がコンサートで演奏するときのために、前半で披露する即興演奏のものとしてあらかじめ作曲したものではなかったのかというのが現在の定説となっています。手本としてモーツァルトが譜面にしたためた幻想曲を、夫人がいかに即興演奏としたかは想像を出ませんが、しかし、当時のピアノの可能性を限界まで使い切ったと思えるほどに広い音域とダイナミックな音量が求められるこのソナタを提供されたトラットナー夫人はそれなりの技量を持った女性であっただろうことが想像されます。 第6番のピアノソナタは、オペラの上演のために冬を過ごしたミュンヘンでデュルニッツ男爵からの注文に応えて作曲した、19歳の時の作品です。ニ長調という性格からも、明らかにハイドン風の特徴を持っていますが、今までの即興演奏などでため込んできたあれこれのアイデアをここに凝縮してまとめたものと思える、規模が大きく、まるで交響曲をピアノ用に編曲したような風情だといわれてきました。また、第3楽章の大規模な変奏曲形式はモーツァルトのソナタとしては他に例がなく、厳格な父レオポルドもこの作品をとても高く評価していました。とりわけ33小節にも及ぶアダージョ・カンタービレの第11変奏は本当に美しい音楽です。 ベートーヴェンに影響を与えた強烈なソナタと、即興演奏の風情のあるピアノ作品を組み合わせた、リリー・クラウスの演奏はモーツァルトの書いた音符を正確にバランスよく響かせることに意を注ぐのではなくて、モーツァルトが音符を使って書いた「心のドラマ」を再現しようと言うものです。譜面をめくる音も聞き取れることから、細切れの録音ではなく何回かテイクをとって、そのうちベストのものを採用しているようです。そのことも、このレコードの価値を高めているのかもしれません。彼女の演奏に虚心坦懐に耳を傾ければ、モーツァルトがこの音楽にこめた深い感情がヒシヒシと伝わってきます。そして、「人生は美しい、人生は生きるに足る」というモーツァルトのささやきが心に染みいってきます。

    リリー・クラウスのピアノはくっきりとしたフレージングで、モーツァルトのピアノ・ソナタなどは最近よく聴くような軽やかで透明感があるようなものとはまったく違って、正統派にして刺激的な歯ごたえがある。神経質では無い思い切りの良さが有る意味〝男性的〟ですが、モーツァルトに対する途方も無く深い愛情を本質に持つので、どの曲を聴いていても少しも飽きることなくモーツァルトの音楽がどんどんと心の中に浸みこんで来ます。

    1956年パリ録音。

    通販レコード詳細・コンディション、価格

    プロダクト

    レコード番号
    HS-9056
    作曲家
    ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
    演奏者
    リリー・クラウス
    録音種別
    MONO

    販売レコードのカバー、レーベル写真

    • US HAYDN SOCIETY HS9056 リリー・クラウス モ…
    • US HAYDN SOCIETY HS9056 リリー・クラウス モ…

    コンディション

    ジャケット状態
    M-
    レコード状態
    M-
    製盤国
    US(アメリカ合衆国)盤
    “Haydn Society” DARK GREEN WITH SILVER LETTERING, MONO 1枚組 (170g), Stamper 仏ディスコファイル メタル XTV 使用盤。

    通販レコード

    詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
    • オーダー番号34-25929
    • 販売価格5,500円(税込)
  • 民族音楽への興味 ― 歌というものに対して不親切な時代における、ひとつの光明だ。

    民族音楽への興味 ― 歌というものに対して不親切な時代における、ひとつの光明だ。

    旋律は音楽の魂である。

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    “3大ヴァイオリン協奏曲”というのがある。ベートーヴェン、メンデルスゾーンに、ブラームスかチャイコフスキーの、何れかが挙げられる。 ― 3曲目が難しいので、“4大”にすると激論にならない。しかし、ほかにもヴァイオリン協奏曲には名作が数多い。
    “10大”となれば必ず入選するのが、ドイツの作曲家マックス・ブルッフの代表作、ヴァイオリン協奏曲第1番だ。

    (さらに…)

  • “Refuge in Music” クラシック音楽のごちそうさん 110歳の天寿

    “Refuge in Music” クラシック音楽のごちそうさん 110歳の天寿

    Farewell Alice Herz-Sommer! We are saddened to hear that the visionary musician and survivor of the Theresienstadt concentration camp died yesterday. Her love of music and belief in its power brought solace and hope to many in one of history’s darkest hours.

    Daniel Hope interviewed Herz-Sommer just a few months ago as part of the documentary “Refuge in Music”, a tribute to the musicians of the concentration camp “Terezin”. You can learn more about the film here: http://bit.ly/TerezinDVD

  • 指揮者クラウディオ・アバドをしのんで

    指揮者クラウディオ・アバドをしのんで

    音楽を楽しむ。それがピシっとした指揮姿から良く感じられたクラウディオ・アバドが亡くなって今月20日で、ひと月となる。

    エグモントの音楽

    BSプレミアムでは2014年2月10日、2つの演奏会が放送された。
    前半は2012年のルツェルン音楽祭から、演奏会の様子は9月2日に Medici.tv で放送された。演奏会は8月10日。全体的にまだらな空白が客席に目立つのはマーラーの交響曲第8番からベートーヴェンの『エグモント』とモーツァルトの『レクイエム』に変更になったからだろう。

    この二曲なら大きいホールは必要ではなかったと思えるように、音響が遠い。迫力は薄めだけど、その分残響に助けられて聴きやすい。前半のベートーヴェンは、序曲は聴きなじんだもの。期待通り、セオリー通りの音楽となっていた。ソプラノのユリアーネ・バンゼのグレートヒェンは清楚な印象。ブルーノ・ガンツは語りで PA を使用したものでしたが全体整っていて違和感はなかった。

    オーケストラの中にクラリネットのザビーネ・マイヤーを見つけた。

    後半のレクイエムはオーケストラも加わったことで、前半の音響はかなり改善されている。ただ合唱の響きがオーケストラを圧するところがある。でも、キャパが大きい効果か澄んだ音楽に仕上がっている。

    モーツァルトと弟子たちの共作としての《レクイエム》

    ソプラノはアンナ・プロハスカ。バスはルネ・パーペ。テノールのマキシミリアン・シュミットはペーター・シュライアーを思い出させる。アルトのサラ・ミンガルドも理想に合う。リヒターが指揮した『レクイエム』の大好きな録音に並ぶ。

    『レクイエム』はモーツァルトの最後の未完の作品であるのはご存知でしょう。自筆で残っているのは最初の2曲のみ。あとは弟子に口述して引き継がせました。あちらこちらにモーツァルトが完成していたら、もっと違う音楽に広がったんじゃないかなと思えるポイントが有ります。アバドはそういう期待も思わせながら、モーツァルトが描き上げた部分も書き上げなかった部分も一体とした音楽を作ります。

    多くの録音が前半、後半と切り替える雰囲気があるのにアバドはアーメンをブリッジにして後半に音楽の気持ちを引き継いでいる。各曲を細切れにすること無く本来のプログラムがマーラーの千人の交響曲だったことを思い起こさせた演奏になった。

    永遠の安息を、そして永遠の光に

    現代の時間の中で再構成されたモーツァルトの音楽といえるだろう。言い換えれば、古楽演奏を学びとはしているけれどもモダン・オーケストラで楽しく聞かせていると言えば分り易いだろうか。
    この演奏は現代音楽の響きに馴染んだ耳も楽しませる。もし《レクイエム》かぁ、と食指を伸ばさなかったままだったら後半だけでも聞き返して欲しい。

    もちろんいろいろなモーツァルトのレクイエムを聞いてきていたら、複数の版があるのを面白く並べ替えているというパズル的興味も持たされる。

    最後のアーメン・フーガがまるごとカットされていて、そのかわり無音の中でアバドは一分間指揮棒を旨に抱いたまま黙祷する。

    死は嘆き、省みるものではなくて生きている人が先に進むためにあるものなのです。

  • Maria Callas, 1963

    Maria Callas, 1963

    『マリア・カラスの真実』(フランス2007年。日本では2009年公開)は、マリア・カラスの生涯に焦点を当てたドキュメンタリー映画です。
    有名なオペラ歌手ですが、後年、睡眠薬大量摂取での自殺未遂、睡眠薬や興奮剤を乱用し、肺血栓で53歳で亡くなりました。
    なぜ、命を縮めるようなことを行い、50代という若さで亡くなったのでしょうか。

    映画は彼女の生涯を追います。

    母親は男の子を望んでいましたが、生まれたのは女の子マリア。失望した母親は4日間も受け取りを拒否・・・マリアの兄が2歳で脳膜炎で亡くなり、母親は次の子は男の子を、と青い産着まで用意したそうです。
    歓迎されず、居場所もありませんでした。

    6度の引っ越し。セールスマンの父は不在がち。家族団欒もありません。ハーレムの近くに引っ越しますが、母親は環境に馴染ませようとせず、部屋に閉じ込め、通りで遊ぶことも禁じました。
    マリアは自分を無口で汚いと思っていて、学校では友人がなく「友達と遊んでも楽しくなかった」と彼女は語ります。
    唯一の友、飼っていた小鳥に歌っていたマリアの歌の才能に気づいた母は条件付きで愛するようになります。
    また母親は、自身の大女優になる夢を押し付けた部分もあったようです。

    映画の中でマリアが語ります。
    「自分で決めた道ではなく、家族が決めた。家族と摩擦を起こさない為、従うしかなった」
    「母がレールを敷いた。母は仕切っていた」
    「親の代わりに出世しろ」
    「お前の為に犠牲を払った」
    「母からお金をくれないと新聞にぶちまける、と強請られた」とまで語る。そんな母親 を、晩年まで許せなかったそうです。

    映画は「この世に彼女の居場所はない。声だけが残った。」というナレーションの後、彼女の歌声で幕となります。

    Maria Callas, 1963, in Paris, accompanying herself on the piano.

  • DE DGG 2531 294 マウリツィオ・ポリーニ カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス・ピアノ協奏曲1番

    34-20452

    商品番号 34-20452

    通販レコード→独ブルーライン盤

    ブラームスの意匠を継いで ― 20世紀最高の名手のひとり、マウリツィオ・ポリーニがバリバリの超絶技巧でショパン、シューベルトから新ウィーン楽派作品に至るまで圧倒的な演奏を聴かせていた頃のレコーディング。ポリーニの磨き抜かれた強靭なピアノが細部では精緻の限りを尽くしながら、一方では気宇広大ともいえるスケールの大きな演奏を実現させた、ブラームスのピアノ協奏曲第1番。生ける伝説、ピアノ界のミスター・パーフェクトによるブラームスの第1番は、なんと、ドイツ・グラモフォンへ3度録音しています。本盤はその、最初の録音。交響的色彩の色濃いこの作品でのベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の重厚なサポートも特筆すべきもの。ブラームスのピアノ協奏曲第1番の定番といって良い、全てが輝かしく確信に満ち、美しくもエネルギッシュなブラームスを楽しめます。ポリーニの国イタリアではピアノ音楽にオペラのヴェルディは愚か、ロッシーニやプッチーニにさえ匹敵するものがない。そのためポリーニは自国のものでないベートーヴェンやショパンを弾くのが、彼の演奏にはあまりにも強いイタリア的性格が示されていた。すなわち明晰な感覚美による合理的な造形である。そこに現されるクリアな美しさは、まさに地中海の伝統とも言える古典主義を思わせたが、ポリーニにおいては、それが過去を懐かしむのでなく、常に現在と密着している。イタリア人の国民性の特色は現実に足を踏まえたリアリズムにあるが、ポリーニの音楽にはそのことが強くにじみ出ている。当時、ポリーニを最もお気に入りとしていた、巨匠カール・ベームとの共演です。モーツァルトの2曲の協奏曲に始まり、ベートーヴェン、そしてこのブラームスの第1番の録音をベームと残したポリーニは、たびたびコンサートでも共演しました。あるインタビューでは「ベームの音楽的な雰囲気は類まれで、あのような体験は二度とない」とまで語り、ベームの奏でる音楽を敬愛していました。最初の第1協奏曲の録音は、そのベームとの最後の録音で、厳格な演奏に支えられてポリーニのソロが生き生きと歌を奏でています。完璧なテクニック、研ぎ澄まされた美音、作品に対する妥協のない真摯さといった彼の美質がすべて発揮された演奏です。一言でいうと全くブレの無い硬派な演奏。ルバートが必要最小限なため、ルービンシュタイン等の演奏と比較すると華麗さという点では物足りなさも感じもしますが、その無味乾燥な弾きっぷりにポリーニ特有のエスプリを香らせています。強打鍵時の和音のアンサンブルやテンポの正確さという意味、〝ブラームスの意匠〟を正確に再現、これも録音秀逸な御蔭か。

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  • DE DGG 2740 166 マウリツィオ・ポリーニ ベートーヴェン・ピアノソナタ28、29番「ハンマークラヴィア」、30、31、32番

    34-14393

    商品番号 34-14393

    通販レコード→独ブルーライン盤[オリジナル]

    ピアノの減衰音の自然さを証明する優秀録音盤 ― 晩年の5つのソナタ、これはベートーヴェンのあらゆる作品の中でも最高傑作。こうしたベートーヴェン創作の頂点に位置する作品は、明るい響きをもったマウリツィオ・ポリーニは合わないのではないか、ベートーヴェンはアルトゥル・シュナーベルやヴィルヘルム・バックハウス、ヴィルヘルム・ケンプが弾くのがぴったり来るのではないかと云う先入観を持っていたのも事実です。ポリーニは、ただ楽譜に書いてあることを忠実に演奏しているだけなのかもしれません。が、そこには間違いなく歌があり、その歌こそが、私たちに一見とっつきにくいような音楽を身近なものにしてくれるように私には思えます。レコード録音史上最初のベートーヴェンのソナタ全曲録音をしたシュナーベルの〝ソナタ協会盤〟が日本からの予想外の予約による採算を得て、市場での発売盤が実現。大ピアニストたちの人生をかけた全集録音が数々期待されましたが、バックハウスは第18番の第3楽章を弾いている途中心臓発作を起こし、同時進行していたステレオ録音の全集は未完に終わり、第29番『ハンマークラヴィーア』はモノラル録音盤で補われている。堅牢な構築性と知的な解釈に裏打ちされた明晰な合理性、そのうえで示される雄大なスケール感と豊かな風格が醸し出す深い味わいのバックハウスの録音から6年後。1975年6月、ポリーニが33歳で録音したベートーヴェン第1作がいきなり後期ソナタということで話題ともなった第30番・第31番は、ミュンヘンのヘルクレスザールで録音されたものでした。続いて1年半後の1977年1月にウィーンのムジークフェラインザールで、同じく後期の第29番『ハンマークラヴィア』と、第28番・第32番を録音、以上計3枚のLPアルバムは、集中力の高い研ぎ澄まされた演奏により圧倒的な高評価を獲得、世界を驚かせました。そしてアナログ録音究極完成期の成果を示す、ピアノの減衰音の自然さを証明する優秀録音盤としても話題を提供していました。3大ソナタの第14番『月光』は1991年6月、第23番『熱情』は2002年6月、第8番『悲愴』は2002年9月といったペースで進められ、2014年6月に録音された4大ソナタに数えられる第17番『テンペスト』を含む第16〜20番で完結。実に39年の年月を要したことになります。なかなか潤沢なリリースとはならず未完に終わるのか、「後期以外の作品の録音には興味がないのか」と思っていました。結果は、これほどに特異で複雑な内容を秘めたベートーヴェンのソナタ全集は例が無いのではないでしょうか。多分、この全集はおそらくポリーニの人生そのものと言っても過言でないでしょうし、過去にポリーニの演奏に一度でも離れがたい想いを持った経験が無い方には、この全集はとてもお薦め出来るようなものではないのかも知れません。しかしながら、カンタービレのイタリア出身ポリーニならでは何かが詰まってるセットです。

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  • FR DGG 2531 057 マウリツィオ・ポリーニ カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン・ピアノ協奏曲3番

    34-12064

    商品番号 34-12064

    通販レコード→仏ブルーライン盤

    ベートーヴェン青春の響き ― マウリツィオ・ポリーニの国イタリアではピアノ音楽にオペラのヴェルディは愚か、ロッシーニやプッチーニにさえ匹敵するものがない。そのためポリーニは自国のものでないベートーヴェンやショパンを弾くのが、彼の演奏にはあまりにも強いイタリア的性格が示されていた。すなわち明晰な感覚美による合理的な造形である。そこに現されるクリアな美しさは、まさに地中海の伝統とも言える古典主義を思わせたが、ポリーニにおいては、それが過去を懐かしむのでなく、常に現在と密着している。イタリア人の国民性の特色は現実に足を踏まえたリアリズムにあるが、ポリーニの音楽にはそのことが強くにじみ出ている。このようなピアニストが、ある意味ではヴェリズモの作曲家以上にリアリストだったベートーヴェンの曲を、見事な平衡感を持って表現するのは不思議ではないが、ポリーニの場合はそうした音楽の感受力が知的な秩序への意図とオーヴァーラップしており、そこにベートーヴェンの意志的な力を改めて示すことになったように思える。勿論そうしたことが一朝一夕に行われるはずもないが、ポリーニの場合その成熟への未知をまっすぐに進んでいるように見えながら、実は何回か大きな壁にぶつかってきたとも言えるのである。彼は1960年の第6回ショパン・コンクールに優勝して間もなく、楽壇からふっつりと姿を消し、しかもその空白が十年も続いた。それは彼のこれまでの人生で最も困難な時代であったとも考えられるが、モーツァルトに続いて登場した、このベートーヴェンを聴くと、この間にも彼は何かの岐路に立ったのではないか。レコードの企画などというものには、レコード会社のプロデューサーの意図が大きく働いていることは言うまでもないがカール・ベームほどの巨匠が、自分の肌に合わないピアニストとの協演を承知するはずがなく、またポリーニが如何にベームを尊敬していてもポリーニの側からベームに働きかけるのも不自然である。とするとこの二人の協演の実現には、やはりベームの意志が大きく作用していたと見るのが妥当であろう。それが本当なら、怜悧な彼のピアニズムのどこかに自分の演奏に欠かせない何かを感じたのだろうか。もし逆に何気にベームとの会話に、あなたのおっしゃる曲を録音したいですとポリーニが切り出したら、それならモーツァルトやりましょう。なんてやりとりがあったのかと想像してしまいます。ベームはモーツアルトを自らの〝音楽上の守護神〟と称していたが、80才を越えた老匠は、そのポリーニの精密な機械仕掛けの自動演奏、完璧な10指のコントロールで放つ『音の粒』の静かな嵐に『神』を感じていたに違いない。

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  • DE DGG 2530 791 マウリツィオ・ポリーニ カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン・ピアノ協奏曲4番

    34-19239

    商品番号 34-19239

    通販レコード→独ブルーライン盤

    優美な旋律と柔和な表現が忘れがたい ― カール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団という自他共に許す正統派がベートーヴェンの「第4番」の録音に、巨匠ヴィルヘルム・バックハウスについでマウリツィオ・ポリーニを選んだということは、この成功を当然予期したためであろう。当時ベームの最もお気に入りだったピアニスト、ポリーニとの共演です。またこれがポリーニのベートーヴェンに対する正統性を保証する結果となったのも興味深いことである。彼は1960年のショパン・コンクールに優勝して間もなく楽壇からふっつりと姿を消し、しかも、その空白が10年も続いた。それは彼のこれまでの人生で最も困難な時代であったとも考えられる。その結果、音の一つ一つを磨き上げるより、その音自体が何を物語るのかが、より重要な事として追求され、実質的に古典的なポリーニの芸術が、この時幾分ロマン的な傾斜を見せ始める。古典からロマンへの橋渡しを演じたベートーヴェンの音楽をポリーニが盛んに弾き出したことと芸術上の転機は想像以上に深い関係を持っている、と考えられる。そしてベームがポリーニとともに録音の仕事を始めたのも、彼のそうした芸術性を高く評価したために違いない。これこそ協奏曲の理想と言って良い演奏であるが、ポリーニとベームという親子以上に年齢の異なる二人が、こうした成果を挙げたのは彼らの共感の交流の強さを示すものと言わねばなるまい。しかし、ここではなによりもまず音楽が溢れるように美しく、ベートーヴェンを通して演奏者たちの心のぬくもりが迫ってくる。協奏曲とは、なんと素晴らしいものであろう。全集が計画されていたようですが、1981年にベームが他界、第1、2番を替わりにオイゲン・ヨッフムが振って変則的なカタチで完成しました。録音はギュンター・ヘルマンス。ポリーニの精巧なタッチが怜悧に録られています。録音としては極上ですが、しかし、演奏としては、この4番は物足りない。ベームはバックハウスとの火花を散らした録音があるし、ポリーニは15年後にクラウディオ・アバドとの全集があるので〝ベーム+ポリーニ〟全集が完成しなかったことは残念とは思えませんね。ベートーヴェンが36歳時に完成したビアノ協奏曲第4番をポリーニが録音したのは34歳の時。第1楽章後半のベートーヴェン自身によるカデンツァを始め、華々しいこの曲の随所に聴かれるフレーズには、粒立ったピアノのタッチに思わずため息が出てしまう程のポリーニの若さの発露が優っている。

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  • GB DECCA LXT5353 ヴィルヘルム・バックハウス カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン・ピアノ協奏曲3番

    34-20752

    商品番号 34-20752

    通販レコード→英オレンジ銀文字盤 FLAT

    古武士のようなベームの指揮と四つに組んで ― ヴィルヘルム・バックハウスは即興的ともいえる自由度で曲想に切り込み、ベートーヴェンが入り口を開いた傑作の森に肉薄する。かといって両者とも美しさも忘れはしない。やはり〝黄金コンビ〟と言うべきか。まだ若書きの「第2番」はクレメンス・クラウスの典雅な色どりが効果的で、バックハウスも古典志向の美しい演奏を聞かせる。1795年の「第2番」から1798年の「第1番」を経て、1803年にはピアノ協奏曲第3番が完成された。ベートーヴェンとしては人生のあらゆる苦しみや悩みを通り抜けたあとだけに、内容の上で著しく深味を増している「第3番」は音楽自体が段違いの成長をみせるが、演奏はどちらも上質。剛のカール・ベームと柔のクラウスといった指揮も気品に満ちた演奏だ。ある意味で対照的な指揮者バックによるピアノ協奏曲、「第2番」はバックハウスの出来としては、むしろハンス・シュミット=イッセルシュテットと組んだステレオ録音の方が上かもしれないが、「第3番」は断然、このモノーラル録音の方を取りたい。バックハウス+ベーム+ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団という組み合わせは、正規のスタジオ録音ではモーツァルトの「ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595」以外にはないのだから甚だ貴重なことでもあるが、これ以上の演奏はちょっと考えられないからである。ここにはなにか実演的な雰囲気が漂っている。ベームの存在感が感ぜられ、後年のステレオ録音には見れぬバックハウスの豪胆さも味わえます。バックハウスは翳の濃いテンポの変化を自由に和えながら全く即興風に弾きまくっており、良い意味の無神経さと素朴さを土台にしながら音楽の最も深い精神を探り当てているのだ。タッチにしろ表現にしろ、表面はいかにも無雑作だが内部に芯の通った点では類がない。もしも、現代の録音と音質的に遜色を感じさせないレコードの中で最高のピアニストは誰か、と問われたらなんの躊躇もなくバックハウスをまず挙げるだろう。その理由は、大作曲家が残したピアノ音楽をフィルタリング越しではない演奏を聴けることを重視しての回答だ。およそ、ソロと名がつくものは、その楽器独特の癖が鼻につく。ピアノにはピアノだけが持つ美感があるが、反対に音楽を離れたピアノ独特のいやらしさがある。それはテクニックと音色、という2つの要素が生み出すのだ。声楽は、その最もたるものであろう。それがポップスや、ジャズ・シンガーではすべてが魅力だが、オペラが苦手とする向きにはドラマ上の人物ではなく、歌手自体が生身で感じられるところだろう。それらのいやらしさを感じさせずに直接、音楽を結び付けられたら。その好例がピアニストの場合バックハウスの演奏は、ピアノという楽器を忘れさせる。職人的な要素が全く昇華されて音楽そのものとなってしまうのだ。ウィーン・フィルの弦や木管群の上手さを今更言うまでもないだろう。ここにはウィーン風という言葉で表現される以上の厳しく深い音楽が生み出されたのである。

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  • サンソン・フランソワ Chopin piano works anthology (輸入メタル使用盤・12枚組豪華版)

    サンソン・フランソワ Chopin piano works anthology (輸入メタル使用盤・12枚組豪華版)

    いつもは夜中心に案内していますが、いち早くご案内します。

    4月29日の鶴屋での鑑賞会では実感して頂けた東京芝浦音楽工業時代の音の良さ。

    pexels-photo-164828.jpeg

    マルグリット・ロンの愛弟子サンソン・フランソワは1970年に46歳という若さで他界しましたが、彼は早熟で6歳の頃から活躍していたと云うからその短い生涯にも関わらず、ショパンの主要作品のほぼ全てを録音を始め多くの名盤残しており、ショパン・ピアノ演奏史上類型を見ない個性的でユニークなショパン演奏として、燦然と今なお光り輝いています。

    全12枚の豪華版。ずっしりしています。

    http://recordsound.jp/analogsound/index.php?mode=detail&gid=21203

  • GB DECCA LXT5355 ヴィルヘルム・バックハウス クレメンス・クラウス ウィーン・フィル ベートーヴェン・ピアノ協奏曲5番「皇帝」

    34-19664

    商品番号 34-19664

    通販レコード→英オレンジ銀文字盤

    音楽そのものとなってしまう ― 淡々とした時間が流れているのを楽しみたい時に良く選んで聞いています。小学6年生の時に、マツモトレコードで長考して買ったレコードでした。熊本の繁華街の一等地にあったマツモトレコードは東京で言えば銀座の有名レコード店のような存在。小学生にはクラシック売り場は神聖な印象でした。レコードは自由に試聴が許されていたので、馴染みになると入り浸っていましたがジャケットのデザインがとっつきにくそうだけど魅力を放っていたので決めました。最初に買ったクラシック音楽のレコードは、33回転のシングル盤。メンデルスゾーンとワーグナーの結婚行進曲が表裏でした。お小遣いで買ったのはブラームスの交響曲第1番。これは演奏家云々の分からなかった10歳の時で、誰でも良かった。《皇帝》はラジオで耳にして魅了されたのでした。そのラジオでの演奏家は記憶なく「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番“皇帝”」ということだけ覚えて繁華街のレコード店に向かったのでした。専門店さもありなん。『皇帝』と仕切られたエサ箱には二十種類以上あったでしょう。バックハウスもカール・ベームとのレコードがありました。これを聴くと音楽の聴き方をリセットできています。思い入れはどうであれ、ヴィルヘルム・バックハウスのパワーと権威については疑問の余地がない。ドイツ・グラモフォンのスタジオにあったフルトヴェングラーの録音テープを持ち出すことだけでなくて、本盤も第2次大戦の混乱期に乗じて格安で敗戦国隣国オーストリアの財宝ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を制圧したのも英DECCA社の戦勝品とも云える。道義上はどうでも、本盤を聴く度に連合軍の勝利を素直に喜びたい。そして、英DECCA社はウィーン・フィル単体のセッションだけでなく、独奏者を仕立ててウィーン・フィルをバックにした数多くの協奏曲も制作した。鍵盤の獅子王と異名をとる日本でとりわけ人気の高いピアニスト、バックハウスによるベートーベンも高名なマエストロ用意してセッション組んだ本盤はそういう一枚。バックハウスのピアノ演奏は、言い尽くされている通り、特徴が無いのが特徴といえるでしょうか。要は、テクニックをひけらかすわけでもなく、その澄んだ音色ともあいまって、ひどくシンプルなのです。若い時の思い上がりを思い直して一生懸命強制に励んだ大演奏家もいましたが、バックハウスは人気絶頂の影で練習をする時間が保てなかったのでしょう。とあるパーティーで気乗りしてなさそうな若い青年にご婦人が話しかけた。『バックハウスさん、暇な時に何をしているのか?』と質問されて、『ピアノを弾いています』と答えたのは有名な話。まさにピアノ一筋の人で鍵盤の獅子王にふさわしいエピソードです。練習がしたくても、スコアを研究する時間が捻出できなかったのでしょう。只々スケールで指慣らしをすることが日課だったと伝わっています。でも、繰り返し聞いていると、何か、そのピアノが、まるで、融通無碍の境地で、自由に、ベートーベンの音符と戯れているように、静かな所は静かに、激しいところは激しく、聴こえて来るところが彼の魅力と言えるでしょうか。

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  • GB DECCA LW5165 クレメンス・クラウス ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートヴェン・レオノーレ3番&フィデリオ序曲

    34-6444

    商品番号 34-6444

    通販レコード→英ブラック銀文字盤 10inch

    〝自由を勝ち取る〟 ― 〝解放の〟オペラとも呼ばれるベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』はヴェルディが作曲した、国家の興亡がメインに据えられた壮大なご当地オペラ『アイーダ』と並んで杮落しなどの記念公演でよく上演される。日本初演は、通説では1935年6月5日に近衛秀麿指揮の新交響楽団第157回定期演奏会に於ける演奏会形式による上演が初演とされている。歌劇場と並んで『フィデリオ』を盛んに上演しているのがザルツブルク音楽祭で、ベートーヴェン没後100年の1927年に記念公演としてフランツ・シャルクの指揮によって初めて取り上げられて以来、戦前期にはリヒャルト・シュトラウス、クラウス、アルトゥーロ・トスカニーニ、ハンス・クナッパーツブッシュが、戦後にはヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カール・ベーム、ロリン・マゼール、ゲオルク・ショルティら名指揮者・大指揮者が指揮をしている。ドイツ第三帝国時代には「ドイツ精神を高揚するオペラ」として盛んに上演された。トーマス・マンは、内容的にはナチの思想に合致しないはずの『フィデリオ』が、ナチ支配下で盛んに上演された不思議さを友人に書き送っているが、1955年11月5日、4ヵ国占領から〝自由〟になったウィーンで戦後再建されたウィーン国立歌劇場で、戦後初めてのオペラ上演となるオーストリア共和国再建国・国立歌劇場再開の演目にベートーヴェンの〝解放のオペラ〟『フィデリオ』が選ばれたのである。ウィーン・フィルの美質と言えば、他では聴けない管楽器群の響きの美しさと弦楽器群の臈長けた美しさ、そして何よりも他のオーケストラでは絶対に聴くことの出来ない歌い回しの見事さあたりでしょうか。クラウスとウィーン・フィルのコンビならではの濃密な表現、そのどこまでもウィーン風な洒落た味わいは実に見事。ウィーンの生んだ名指揮者、クレメンス・クラウス(1893〜1954)は、大戦後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭のほか、バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団などに出演する多忙な生活を送っており、指揮活動のピークを迎えていました。これでもかというくらい独墺圏のポストを広く席巻してます。その反面、ウィーン、ベルリン、ミュンヘンというドイツ語圏の三大歌劇場の音楽監督を歴任した人にしては残されたクラウス自身の録音がとても少ない。そこにはベートーヴェンやブラームスはあまり得意ではなかったようだったことにも理由がありそうだが、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスでの独特の華やかでしなやかな音楽は現在聞いても、きわめて魅力的である。ウィーン生まれの指揮者で大成した存在は意外に少なく、戦後まで活躍した中で世界的大指揮者の域に達したのは ― 現在もなおクラウスとエーリヒ・クライバーしかいないが、クライバーはウィーン的伝統とは距離を置いた革新派と見られていたこともあり、強い個性の中にもウィーンの香りを忘れなかったクラウスの名は〝最後のウィーンの巨匠〟として今なお懐旧と畏敬を込めて語られ続けている。

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  • GB DECCA LXT2756 クレメンス・クラウス ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 リヒャルト・シュトラウス「町人貴族」

    34-18243

    商品番号 34-18243

    通販レコード→英オレンジ金文字盤

    この舞踏感覚は彼らのワルツやオペレッタで聴かせるものと共通のセンスを感じる ―  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の美質と言えば、他では聴けない管楽器群の響きの美しさと、弦楽器群の臈長けた美しさ、そして何よりも他のオーケストラでは絶対に聴くことの出来ない歌い回しの見事さあたりでしょうか。クレメンス・クラウスとウィーン・フィルのコンビならではの濃密な表現、そのどこまでもウィーン風な洒落た味わいは実に見事。1933年「アラベラ」の初演以来親交を重ねていた、リヒャルト・シュトラウスの良き理解者、クラウス。リヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲を聴くなら、はじめて聴くのは「薔薇の騎士」組曲か、これが一番いいかもしれない。クラウスも、ウィーン・フィルも渾然一体となって、1950年代のウィーンの色香にみちた、自在そのものの演奏を繰り広げている。この舞踏感覚は、彼らがワルツやオペレッタの演奏で聴かせるものと共通のセンスを感じる。同じ質のもの。音楽的には何とももどかしい感じもするのですが、舞踏会での実際のワルツのイメージと重ねれば、2拍目を早めにずらして出すという独特のウィーン風リズムが極めて効果的で、この独特のウィーン風リズムは、やはりクラウスにとどめを刺します。尤も1939年に初めて〝ニューイヤー・コンサート〟を指揮したのは彼であり、1954年5月に亡くなるまで新年を迎える風物詩となったこの公演をリードし続けました。シュトラウス・ファミリーの音楽とウィーン・フィルを制したすべての指揮者の中で最も偉大な開拓者の一人といえばクラウスの名前が挙げられます。ウィンナ・ワルツのリズムに特有な高揚感を自由に操り、個人主義的で有名なウィーン・フィルの音楽家からも絶対の信頼を得ていた。クラウスの本流のシュトラウス演奏は、ウィーンの宮廷で日夜繰り広げられていた舞踏会の雰囲気を伝える「伝統の証言」でもあるのです。そしてワルツ王、リヒャルトの両方のシュトラウスのスペシャリストという指揮者は他にあまり例がありません。管弦楽組曲《町人貴族》ではヴァイオリン独奏はヴィリー・ボスコフスキーが担当し、ウィーン風な素晴らしいソロを聴かせて、優雅な感覚に満たされてもいました。これはプリマドンナが演じるギリシア神話に基づくアリアドネの悲劇と、踊り子が演じるツェルビネッタらによる舞踏劇が同時進行するオペラ「ナクソス島のアリアドネ」に使われた曲を、リヒャルト・シュトラウス自身が組曲としたもの。ピアノ、ハープを加えた30人の室内オーケストラ編成で、ヴァイオリンの旋律線に打楽器・ピアノ・ハープが絡み、古典と近代の様式をミックスした独特の響きを生み出している。フランス・バロック時代の作曲家リュリの曲を編曲して組み込んでいる部分もあり、それが違和感なく溶け込んでいるところが面白い。ゆったりしたテンポで優雅さを湛えたクラウスの粋な表現はウィーン情緒を自然に醸し出し、シュターツオーパーにいるような幸福感に満たされます。

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  • GB DECCA LXT2549 クレメンス・クラウス ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 リヒャルト・シュトラウス「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

    34-17941

    これぞウィーン・フィルの美質 ―  ウィーンの生んだ名指揮者、クレメンス・クラウス(1893〜1954)は、大戦後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭のほか、バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団などに出演する多忙な生活を送っており、指揮活動のピークを迎えていました。余談ながら、1930年からはヴィルヘルム・フルトヴェングラーの後任としてウィーン・フィルの常任指揮者となったクラウスは、ベルリン国立歌劇場の音楽総監督、そして1937年から終戦までバイエルン国立歌劇場の音楽総監督を務めて、1941年から1944年までザルツブルク音楽祭の音楽総監督を務めるなど、映画「サウンド・オブ・ミュージック」が描くような、ブルーノ・ワルターやヘルベルト・フォン・カラヤンら多くの音楽家が翻弄している渦中にあって、これでもかというくらい独墺圏のポストを広く席巻してます。その反面、ウィーン、ベルリン、ミュンヘンというドイツ語圏の三大歌劇場の音楽監督を歴任した人にしては残されたクラウス自身の録音がとても少ない。そこにはベートーヴェンやブラームスはあまり得意ではなかったようだったことにも理由がありそうだが、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスでの独特の華やかでしなやかな音楽は現在聞いても、きわめて魅力的である。クラウスの棒によるシュトラウスは、ヨハンの方もリヒャルトの方も困ってしまうほど面白い。クラウスは若い頃からリヒャルト・シュトラウスに信頼されており、『アラベラ』『平和の日』『ダナエの愛』『カプリッチョ』の初演を任されていたほか、『カプリッチョ』では台本も書くという親密な関係でもありました。彼の師匠に当たるリヒャルト・シュトラウスを指揮したクラウスの演奏は、どれもこれもウィーン・フィルの美質を惜しげもなく振りまいていて、ヴァイオリンのソロが大きな役割を果たす『ツァラトゥストラはかく語りき』や『英雄の生涯』ではコンサート・マスターのヴィリー・ボスコフスキーがソロをつとめています。戦後、ウィーン・フィルのセッション録音に取り組んでいたデッカ・レーベルで1950年から行ったのが、前年9月に亡くなったリヒャルト・シュトラウスの作品のレコーディングでした。『ツァラトゥストラはかく語りき』に『英雄の生涯』、『ドン・ファン』『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』『家庭交響曲』『ナクソス島のアリアドネ組曲(町人貴族)』『ドン・キホーテ』『イタリアより』 という有名作品に加え、オペラ『サロメ』全曲という傑作の数々が、モノラルながら優れた音質で遺されています。そしてクラウスの音楽の様式的な古さを顕わにしていることでもあるのですが、そのとろっとした響きの美しさこそは「これぞウィーン・フィル!」と思わせるものがあります。

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