-
リリー・クラウスの絶頂期の記録

日本人が愛するモーツァルトの名盤を、日本軍によって失っていたかもしれない。拘留され第二次世界大戦終結まで軟禁された女流ピアニスト。
通販レコードのご案内《仏ディスコファイル・メタル使用盤》US HAYDN SOCIETY HS9056 リリー・クラウス モーツァルト ピアノ奏鳴曲K.457/K.284/K.475
ディスコフィル・フランセ録音

モーツァルト弾きとして知られるリリー・クラウスの最高傑作盤です。米ハイドンソサエティの本盤は、晩年の米国コロムビア盤と比して若い所為か情熱を内に秘めた、生命感に溢れる演奏です。 他のピアニストと比べると、自由自在なテンポ設定でフォルテは強いタッチで鳴らし非常に個性的です。
- ピアノソナタ第14番 ハ短調 K.457
- ピアノソナタ第6番 ニ長調 K.284
- 幻想曲 ハ短調 K.475
モーツァルトの音楽の持つ多様性を過不足なく的確に表現し、このフレーズはこうでなくては、と云うまさに正鵠を得た最高の演奏を聴かせてくれる。演奏家は身体で勝負するだけに、心身の衰えを如何にカバーしていくかが難しい。特に女性の場合、多くはそれに結婚・出産などが重なる。全身全霊を傾けた命がけの演奏家として、宇野功芳氏が挙げるのはアルゲリッチ、デュ・プレ、チョン・キョンファそれにリリー・クラウスと、みな女性だが長く第一線を保ち続けたのはクラウスぐらいで、彼女を驚異と宇野氏は捉えている。
彼女らは、いわゆる女性的なものを押し出さず、火のような情熱と作品に切り込んでいく深みにおいて男性奏者に匹敵する。しかし、このまま死んでもいいというほどの燃え尽き方を男性奏者は絶対にしないものではないか。ハンガリー生まれのリリー・クラウスは「モーツァルトは燃え立つ火です」と語っているが、クラウスの演奏にはパッションの炎が確かに感じられる。当時の演奏家としてはテンポの緩急の巾が大きく、ダイナミクスの変化にも激しさを見せるのは、内面から湧き上がる情熱が自然体として表層に上がってきた音楽で、現代の演奏家が大ホールに響き渡るような派手なパフォーマンスを恣意的に行っているものとは根本的に異なるものです。
ハ短調ソナタ K.457このソナタは、幸福感に満ちたK.330からK.333の4曲に続いて作曲された作品で、きわめて劇的な性格を持ったソナタであり、後のベートーヴェンにもっとも強く影響を与えた作品だといわれています。また、このソナタはK.475の《幻想曲ハ短調》とセットで演奏されることが多くて、その関係が昔からいろいろと取りざたされてきた作品でもあり、このレコードでも第6番を挟んで演奏されています。モーツァルトが2曲をその順序に組み合わせて出版したためでもあるのですが、しかし、両曲とも途中に明るいハ長調の部分があるにしても、基調はハ短調で深刻な情緒が支配的ですから、《幻想曲》だけ切り離して演奏したほうが効果的だという説も少なくありません。 モーツァルトが活躍した当時のコンサートではソナタの演奏に先立って幻想曲風の即興演奏を披露する事がよくあったそうです。このハ短調ソナタはモーツァルトの弟子であったトラットナー夫人のために書かれたもので、同じ調であるハ短調の幻想曲は彼女がコンサートで演奏するときのために、前半で披露する即興演奏のものとしてあらかじめ作曲したものではなかったのかというのが現在の定説となっています。手本としてモーツァルトが譜面にしたためた幻想曲を、夫人がいかに即興演奏としたかは想像を出ませんが、しかし、当時のピアノの可能性を限界まで使い切ったと思えるほどに広い音域とダイナミックな音量が求められるこのソナタを提供されたトラットナー夫人はそれなりの技量を持った女性であっただろうことが想像されます。 第6番のピアノソナタは、オペラの上演のために冬を過ごしたミュンヘンでデュルニッツ男爵からの注文に応えて作曲した、19歳の時の作品です。ニ長調という性格からも、明らかにハイドン風の特徴を持っていますが、今までの即興演奏などでため込んできたあれこれのアイデアをここに凝縮してまとめたものと思える、規模が大きく、まるで交響曲をピアノ用に編曲したような風情だといわれてきました。また、第3楽章の大規模な変奏曲形式はモーツァルトのソナタとしては他に例がなく、厳格な父レオポルドもこの作品をとても高く評価していました。とりわけ33小節にも及ぶアダージョ・カンタービレの第11変奏は本当に美しい音楽です。 ベートーヴェンに影響を与えた強烈なソナタと、即興演奏の風情のあるピアノ作品を組み合わせた、リリー・クラウスの演奏はモーツァルトの書いた音符を正確にバランスよく響かせることに意を注ぐのではなくて、モーツァルトが音符を使って書いた「心のドラマ」を再現しようと言うものです。譜面をめくる音も聞き取れることから、細切れの録音ではなく何回かテイクをとって、そのうちベストのものを採用しているようです。そのことも、このレコードの価値を高めているのかもしれません。彼女の演奏に虚心坦懐に耳を傾ければ、モーツァルトがこの音楽にこめた深い感情がヒシヒシと伝わってきます。そして、「人生は美しい、人生は生きるに足る」というモーツァルトのささやきが心に染みいってきます。リリー・クラウスのピアノはくっきりとしたフレージングで、モーツァルトのピアノ・ソナタなどは最近よく聴くような軽やかで透明感があるようなものとはまったく違って、正統派にして刺激的な歯ごたえがある。神経質では無い思い切りの良さが有る意味〝男性的〟ですが、モーツァルトに対する途方も無く深い愛情を本質に持つので、どの曲を聴いていても少しも飽きることなくモーツァルトの音楽がどんどんと心の中に浸みこんで来ます。
1956年パリ録音。通販レコード詳細・コンディション、価格
プロダクト
- レコード番号
- HS-9056
- 作曲家
- ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
- 演奏者
- リリー・クラウス
- 録音種別
- MONO
コンディション
- ジャケット状態
- M-
- レコード状態
- M-
- 製盤国
- US(アメリカ合衆国)盤
“Haydn Society” DARK GREEN WITH SILVER LETTERING, MONO 1枚組 (170g), Stamper 仏ディスコファイル メタル XTV 使用盤。通販レコード
詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。- オーダー番号34-25929
- 販売価格5,500円(税込)
-
民族音楽への興味 ― 歌というものに対して不親切な時代における、ひとつの光明だ。

旋律は音楽の魂である。

“3大ヴァイオリン協奏曲”というのがある。ベートーヴェン、メンデルスゾーンに、ブラームスかチャイコフスキーの、何れかが挙げられる。 ― 3曲目が難しいので、“4大”にすると激論にならない。しかし、ほかにもヴァイオリン協奏曲には名作が数多い。
“10大”となれば必ず入選するのが、ドイツの作曲家マックス・ブルッフの代表作、ヴァイオリン協奏曲第1番だ。 -
“Refuge in Music” クラシック音楽のごちそうさん 110歳の天寿

Farewell Alice Herz-Sommer! We are saddened to hear that the visionary musician and survivor of the Theresienstadt concentration camp died yesterday. Her love of music and belief in its power brought solace and hope to many in one of history’s darkest hours.
Daniel Hope interviewed Herz-Sommer just a few months ago as part of the documentary “Refuge in Music”, a tribute to the musicians of the concentration camp “Terezin”. You can learn more about the film here: http://bit.ly/TerezinDVD
-
指揮者クラウディオ・アバドをしのんで

音楽を楽しむ。それがピシっとした指揮姿から良く感じられたクラウディオ・アバドが亡くなって今月20日で、ひと月となる。
エグモントの音楽
BSプレミアムでは2014年2月10日、2つの演奏会が放送された。
前半は2012年のルツェルン音楽祭から、演奏会の様子は9月2日に Medici.tv で放送された。演奏会は8月10日。全体的にまだらな空白が客席に目立つのはマーラーの交響曲第8番からベートーヴェンの『エグモント』とモーツァルトの『レクイエム』に変更になったからだろう。この二曲なら大きいホールは必要ではなかったと思えるように、音響が遠い。迫力は薄めだけど、その分残響に助けられて聴きやすい。前半のベートーヴェンは、序曲は聴きなじんだもの。期待通り、セオリー通りの音楽となっていた。ソプラノのユリアーネ・バンゼのグレートヒェンは清楚な印象。ブルーノ・ガンツは語りで PA を使用したものでしたが全体整っていて違和感はなかった。
オーケストラの中にクラリネットのザビーネ・マイヤーを見つけた。
後半のレクイエムはオーケストラも加わったことで、前半の音響はかなり改善されている。ただ合唱の響きがオーケストラを圧するところがある。でも、キャパが大きい効果か澄んだ音楽に仕上がっている。
モーツァルトと弟子たちの共作としての《レクイエム》
ソプラノはアンナ・プロハスカ。バスはルネ・パーペ。テノールのマキシミリアン・シュミットはペーター・シュライアーを思い出させる。アルトのサラ・ミンガルドも理想に合う。リヒターが指揮した『レクイエム』の大好きな録音に並ぶ。
『レクイエム』はモーツァルトの最後の未完の作品であるのはご存知でしょう。自筆で残っているのは最初の2曲のみ。あとは弟子に口述して引き継がせました。あちらこちらにモーツァルトが完成していたら、もっと違う音楽に広がったんじゃないかなと思えるポイントが有ります。アバドはそういう期待も思わせながら、モーツァルトが描き上げた部分も書き上げなかった部分も一体とした音楽を作ります。
多くの録音が前半、後半と切り替える雰囲気があるのにアバドはアーメンをブリッジにして後半に音楽の気持ちを引き継いでいる。各曲を細切れにすること無く本来のプログラムがマーラーの千人の交響曲だったことを思い起こさせた演奏になった。
永遠の安息を、そして永遠の光に
現代の時間の中で再構成されたモーツァルトの音楽といえるだろう。言い換えれば、古楽演奏を学びとはしているけれどもモダン・オーケストラで楽しく聞かせていると言えば分り易いだろうか。
この演奏は現代音楽の響きに馴染んだ耳も楽しませる。もし《レクイエム》かぁ、と食指を伸ばさなかったままだったら後半だけでも聞き返して欲しい。もちろんいろいろなモーツァルトのレクイエムを聞いてきていたら、複数の版があるのを面白く並べ替えているというパズル的興味も持たされる。
最後のアーメン・フーガがまるごとカットされていて、そのかわり無音の中でアバドは一分間指揮棒を旨に抱いたまま黙祷する。
死は嘆き、省みるものではなくて生きている人が先に進むためにあるものなのです。
-
Maria Callas, 1963

『マリア・カラスの真実』(フランス2007年。日本では2009年公開)は、マリア・カラスの生涯に焦点を当てたドキュメンタリー映画です。
有名なオペラ歌手ですが、後年、睡眠薬大量摂取での自殺未遂、睡眠薬や興奮剤を乱用し、肺血栓で53歳で亡くなりました。
なぜ、命を縮めるようなことを行い、50代という若さで亡くなったのでしょうか。映画は彼女の生涯を追います。
母親は男の子を望んでいましたが、生まれたのは女の子マリア。失望した母親は4日間も受け取りを拒否・・・マリアの兄が2歳で脳膜炎で亡くなり、母親は次の子は男の子を、と青い産着まで用意したそうです。
歓迎されず、居場所もありませんでした。6度の引っ越し。セールスマンの父は不在がち。家族団欒もありません。ハーレムの近くに引っ越しますが、母親は環境に馴染ませようとせず、部屋に閉じ込め、通りで遊ぶことも禁じました。
マリアは自分を無口で汚いと思っていて、学校では友人がなく「友達と遊んでも楽しくなかった」と彼女は語ります。
唯一の友、飼っていた小鳥に歌っていたマリアの歌の才能に気づいた母は条件付きで愛するようになります。
また母親は、自身の大女優になる夢を押し付けた部分もあったようです。映画の中でマリアが語ります。
「自分で決めた道ではなく、家族が決めた。家族と摩擦を起こさない為、従うしかなった」
「母がレールを敷いた。母は仕切っていた」
「親の代わりに出世しろ」
「お前の為に犠牲を払った」
「母からお金をくれないと新聞にぶちまける、と強請られた」とまで語る。そんな母親 を、晩年まで許せなかったそうです。映画は「この世に彼女の居場所はない。声だけが残った。」というナレーションの後、彼女の歌声で幕となります。
Maria Callas, 1963, in Paris, accompanying herself on the piano.
-
GB RCA SB2031 フリッツ・ライナー シカゴ交響楽団 ドヴォルザーク・交響曲9(5)番「新世界」
民族的な粉飾を脱し、純音楽的に極められたライナーならではの『新世界』 ― 蓄音機愛好家にとっては「新世界交響曲」にはストコフスキーとトスカニーニの2大決定版があるが、時代を引き継いだ、ステレオLPレコードの新世界を幕開けしたのが本盤といえる。虚飾を排したストレートなダイナミズムは感動的だ。シカゴ交響楽団と言えば、ゲオルク・ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ響に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの演奏に聴こえるのは、カール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンら同時代の演奏と比べているからだろう。しかしライナー=シカゴ響といえば金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、異様に凝縮したオーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず。全ての楽器が完璧なバランスで結晶化して鳴り響き、感動的なクライマックスを築いていました。ライナーが残した唯一の『新世界交響曲』は、聴き慣れた作品からも新たな魅力を引き出し、音楽的な純度を際立たせるライナーの手腕が発揮された名演。ドヴォルザークの音楽に特有のローカルな雰囲気を感じさせず、絶対音楽としての美しさを極めた演奏で、特にイングリッシュ・ホルンの名ソロが聴ける第2楽章の静かな美しさは、惚れ惚れするほど見事。アルトゥーロ・トスカニーニとレパートリーも多く重なりブラームスの交響曲4番などを聴くとライナーがよりも厳格だったのでは、と思わせるくらい厳しい表情を見せています。シカゴのオーケストラ・ホールは、ボストン・シンフォニー・ホールよりも録音に向いていたようで、このホールで収録された1950年代・1960年代のライナー=シカゴ響の録音はいずれも高いクオリティに仕上がっており、オーケストラのトゥッティの響きと各パートのバランスの明晰さが両立した名録音が多いです。1958年ステレオ時代の到来と共に、RCAはライナー指揮シカゴ響と専属契約を結び、数々の名演奏を録音しました。〝Living Stereo〟は最も自然でありスリリングな録音で、現在でも他の録音に全く劣らないものです。1954年は、まだステレオは実験段階だったと思うが、当時の先進企業米国RCAは、いち早くステレオ技術を取り入れ、見事な録音を行っていたのである。其の代表作が、偉大なRCA ステレオ録音第一号盤、LSC1806の「ツァラトゥストラはかく語りき」だったのではなかろうか。その成功を十分に取り入れて1959年に録音したのが本盤。製作陣はRCAの一軍、リチャード・ムーア&ルイス・レイトン。個々のパートまではっきり分離するステレオは、生の音とはやや趣を異にするとはいえ、やはりすごい。スタジオ録音とはとても思えない熱気を孕んでいる。一発取りをしたとしか思えない怒濤の極みです。アンサンブルを引き締めながら、強靭な造形が生む緊張感の素晴らしさがハッキリと感じ取れます。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2y76W8K
via IFTTT -
US RCA GL1-1332 フリッツ・ライナー シカゴ交響楽団 グラナドス・ゴイェスカス アルベニス・イベリア – Great Music of Spain
ライナー=シカゴ響の残した数多くの名盤の中でも、最高の名に値する名録音 ― 昨年はスペイン・カタロニア生まれの作曲家エンリケ・グラナドス(1867.7.27~1916.3.24)の生誕150年でした。彼は 〝ピアノの詩人〟〝スペインのショパン〟と呼ばれ、ドビュッシーは、誰も簡単に忘れることのできない天才の心を持っていた
と評しています。歌劇「ゴイェスカス」を成功させたアメリカツアーから帰国途上、グラナドスはUボートの攻撃で命を落とした。その間奏曲から幕開けるイメージさせるコンセプトを隠している選曲のアルバム。ハイライトのパブロ・カザルスの故郷、カタルーニャ (東北スペイン)出身のイサーク・アルベニス(1860〜1909)が晩年最後の5年間に作った全12曲からなるピアノ大作組曲「イベリア」はアルベニスの最高傑作に数えられ、ドビュッシーやメシアンからも称賛の的とされた。またラヴェルが管弦楽用に編曲することを考えていたが、作曲者の没後、友人であり指揮者でもあったエンリケ・フェルナンデス・アルボスが管弦楽化したため断念したとの逸話も伝えられている。フリッツ・ライナーとしては比較的珍しいスペイン音楽集。シカゴ交響楽団の各パートの巧みなソロを引きたてながら、細部まで緻密に仕上げられた楷書体のユニークなスペイン音楽が楽しめる作品。シカゴ交響楽団と言えば、ゲオルク・ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ響に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの演奏に聴こえるのは、カール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンら同時代の演奏と比べているからだろう。しかしライナーといえば金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、異様に凝縮したオーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず。全ての楽器が完璧なバランスで結晶化して鳴り響き、感動的なクライマックスを築いていました。シカゴのオーケストラ・ホールは、ボストン・シンフォニー・ホールよりも録音に向いていたようで、このホールで収録された1950年代・1960年代のライナー=シカゴ響の録音はいずれも高いクオリティに仕上がっており、オーケストラのトゥッティの響きと各パートのバランスの明晰さが両立した名録音が多いです。1958年ステレオ時代の到来と共に、RCAはライナー指揮シカゴ響と専属契約を結び、数々の名演奏を録音しました。〝Living Stereo〟は最も自然でありスリリングな録音で、現在でも他の録音に全く劣らないものです。製作陣はRCAの一軍、リチャード・ムーア&ルイス・レイトン。個々のパートまではっきり分離するステレオは、生の音とはやや趣を異にするとはいえ、やはりすごい。スタジオ録音とはとても思えない熱気を孕んでいる。一発取りをしたとしか思えない怒濤の極みです。アンサンブルを引き締めながら、強靭な造形が生む緊張感の素晴らしさがハッキリと感じ取れます。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2t0GKa8
via IFTTT -
GB RCA SB6566 マーガレット・プライス フリッツ・ライナー シカゴ交響楽団 ベルリオーズ・夏の夜、ファリャ・恋は魔術師
黄金の声 ― 黒人のソプラノ、レオンタイン・プライスは黄金の声とかストラディヴァリウスと称えられた素晴らしいオペラティックな声に恵まれた歌手です。彼女がミラノ・スカラ座デビューを皮切りにヨーロッパを席捲し、メトロポリタン歌劇場とも契約を結んだ1960年に録音されたオリジナルのオペラ・アリア集はヴェルディとプッチーニのお得意のオペラからのアリアを集めており、いずれも伸びやかな美声を堪能できる。ファンの間では「ブルー・アルバム」として知られているほどの記念碑的名盤。プライス以後に登場したジェシー・ノーマン、キャスリーン・バトル、バーバラ・ヘンドリックスといった黒人のソプラノは皆美しい声を持っていますが、声が持つ威力ではプライスが一頭地を抜いていました。この20世紀アメリカ最高のディーヴァは、知己的な表現力が魅力だった。少し紗のかかるようなハスキーな高域が魅力的で、その声のキャラクターが擦弦楽器のヴァイオリンのストラディヴァリウスに喩えられたのかもしれません。シカゴ交響楽団と言えば、ゲオルク・ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ響に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩フリッツ・ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの演奏に聴こえるのは、カール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンら同時代の演奏と比べているからだろう。しかしライナーといえば金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、異様に凝縮したオーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず。全ての楽器が完璧なバランスで結晶化して鳴り響き、感動的なクライマックスを築いていました。シカゴのオーケストラ・ホールは、ボストン・シンフォニー・ホールよりも録音に向いていたようで、このホールで収録された1950年代・1960年代のライナー=シカゴ響の録音はいずれも高いクオリティに仕上がっており、オーケストラのトゥッティの響きと各パートのバランスの明晰さが両立した名録音が多いです。1958年ステレオ時代の到来と共に、RCAはライナー指揮シカゴ響と専属契約を結び、数々の名演奏を録音しました。〝Living Stereo〟は最も自然でありスリリングな録音で、現在でも他の録音に全く劣らないものです。製作陣はRCAの一軍、リチャード・ムーア&ルイス・レイトン。個々のパートまではっきり分離するステレオは、生の音とはやや趣を異にするとはいえ、やはりすごい。スタジオ録音とはとても思えない熱気を孕んでいる。一発取りをしたとしか思えない怒濤の極みです。アンサンブルを引き締めながら、強靭な造形が生む緊張感の素晴らしさがハッキリと感じ取れます。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2Mceg6d
via IFTTT -
US RCA VICS1119 ゲオルグ・ショルティ コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団 Overtures and Intermezzos from Famous Operas
US RCA VICS1119 ショルティ&コヴェントガーデン管 overtures and intermezzos from famous operas(臙脂venice米国弐版)
商品番号 34-20956
通販レコード→米臙脂盤[オーディオファイル盤]
珍しいレパートリーを集めたショルティ初期録音 ― ゲオルグ・ショルティ初期の録音であり、ショルティにしては珍しいレパートリーを集めた〝オペラからの名曲集〟。すでにロイヤル・オペラのオーケストラを掌握しきったような管弦楽への色付けは流石の一言です。エルネスト・アンセルメのロイヤル・バレエ2枚組と並び、コヴェントガーデンの記録としても貴重だし、とりわけショルティの愛好家にとっては歴史的ドキュメントとしても見落とせない貴重な記録。製作陣は、デッカ担当で、1958年キングズウェイ・ホール、ジェームス・ウォーカー&ケネス・ウィルキンソンとくれば超優秀録音なのはすぐ分かります。1958年はステレオ黎明期、全盛期のこの盤に本当のベニスの音が詰まっている感じがしました。ワーグナー録音史は、ショルティ抜きでは語れません。そんな巨人、ショルティですが、そのキャリアにおいてすべてが順風満帆だった訳ではありません。音楽監督を置かずに運営されてきたコヴェントガーデン王立歌劇場に就任し、そこには解決すべき問題が山積されていました。ショルティの就任当時、まだコヴェントガーデンは世界一流の歌劇場とは認識されておらず、上演されるオペラはイギリス人歌手が英語で歌うというポリシーが貫かれていました。ショルティはまず、この慣習を一新、原語による上演と世界中から一流歌手を招聘することに着手します。そうした、まさにゼロからのスタートで、〝指環〟チクルスを完結されるのがどれほどの難仕事であったかは想像に難くありません。彼のトレードマークのようなリヒャルト・シュトラウスの楽劇『ばらの騎士』でイギリスのコヴェント・ガーデン王立歌劇場に登場、その成功により1961年に音楽監督に就任した、その時ショルティ49歳。気に障る先輩指揮者がいた。その名は、レジナルド・グッドオール。その男、ワーグナー馬鹿の聴き手にとってはスペシャルな存在だ。コヴェント・ガーデン時代の10年間、ショルティはグッドオールと同じ職場にいながら、指揮の才能の疑問を持っていたため、グッドオールに指揮をさせなかったのだが、ロンドンのもうひとつの歌劇団、サドラーズ・ウェルズ・オペラ(現在のイングリッシュ・ナショナル・オペラ)でグッドオールが「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振ったところ、大絶賛を浴びてしまったのだった。ワーグナーのファンはイギリスにもけっして少なくなかったが、上演のさいには、ドイツから大指揮者を招いて指揮してもらうのが当然だった。時は20世紀半ば、イギリスがオペラの大輸入国で首都ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場さえ、やっと自前のカンパニー(歌劇団)を常設したばかりの頃である。コヴェント・ガーデンの指揮者陣に加えてもらっていたグッドオールは筋金入りのワーグナー馬鹿で、ワーグナーの楽劇を指揮することしか眼中になく、それ以外の音楽にはほとんど目もくれなかった。であったからに、どれほど彼が切歯扼腕しようともワーグナーを指揮する機会は与えられなかった。好きでもないイタリア・オペラばかり指揮させられた男は、投げやりになった。気難しい上に、独学の指揮はひどくわかりにくかったから、やがて男は指揮棒を取りあげられた。コヴェント・ガーデンの最上階、掃除係と共同の一部屋に押し込められ、歌手のコーチだけがその唯一の仕事となった。ところが1968年、63歳になった彼が引退を考えはじめたとき運命が変わった。一夜にしてイギリス最高のワーグナー指揮者として、熱狂的な人気を博することになった。指揮者ストーリーのシンデレラだ。当然、なんでコヴェント・ガーデンでは冷遇されてるんだ、嫌がらせじゃないのか、という声も上がるわけで、若いショルティの仕打ちは、その批判の矛先にもされたらしい。ショルティは「ショルティ自伝」にはグッドオールについて
…私は彼に指揮の機会を与えないといって非難された。目がなかったのかもしれないが、私の意見はそうだった。
と書いている。しかも、録音史上の金字塔となるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのスタジオ録音と、このコヴェントガーデンでの〝指環〟上演は並行して行われていました。こちらもすべてにおいて初の試みであり、録音時には多くの困難があったことが伝えられています。〝神々の黄昏〟はコヴェントガーデンでの上演が、ショルティが初めて公式に演奏した場でもありました。当日の演奏は特にビルギット・ニルソンの歌唱が多くの称賛を集め、全体としても大変高く評価されました。ローゼンタールもショルティが正しくケンペが間違っているというわけではない。逆もまた然り。ワーグナー音楽へのアプローチ方法はひとつではないのだから。だからこそ、ワーグナーの音楽は人々を魅了し続け永遠に生き続けるのだ。その夜のオーケストラの出来は素晴らしく、コヴェント・ガーデンが一流歌劇場オーケストラを持ったことを実感させた。今まで聴くことのなかったワグネリアンのどよめきが沸き立ち、オーケストラの響きは言葉で言い尽くせぬほど刺激的だった。
とショルティの選択したスタイルは当時のコヴェント・ガーデンで聴かれたものとはかなり異質なものだったことも指摘しながらも、ショルティの音楽家魂、響きとバランスに対する耳の良さ、この音楽を牽引する力と情熱を賞賛している。この高評価を経て、コヴェントガーデンのチクルスの完成、さらにはデッカ録音の成功へと繋がって行きます。このコンサートは、その後のワーグナー録音史の流れを決める分水嶺とも言える瞬間だったのです。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2sWqOWf
via IFTTT -
GB DECCA SXLG6594 ウラディーミル・アシュケナージ ゲオルグ・ショルティ シカゴ交響楽団 ベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集
万人のファースト・チョイス!美しいピアノと豪快なオーケストラの組み合わせが好評 ― ピアノは流麗。オーケストラの方は各パートの冴えた音色や美技で魅せる。スタンダードなベートーヴェン演奏として、まず最初に聴いておきたい名盤として推薦できる全集。ウラディーミル・アシュケナージは圧倒的に広いレパートリーを持ち、英デッカ社の財力を背景に完結させた全集企画の数では古今東西のピアニストの中では群を抜いている。彼は大変な努力家で、1つ1つの作品に全精力を注いで、それらの作品からその魅力を最大限に引き出そうとする姿勢がデッカ経営陣の心を打ったと聞いています。アシュケナージはベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を3回録音していますが、ズービン・メータ指揮による2回目の録音は1980年代半ばにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で行いレコード・アカデミー大賞を受賞しました。そして3回目がクリーヴランド管弦楽団を自ら弾き振りして録音したことからも、全曲を通じて楽譜に非常に忠実であろうとすることに感心する。それぞれ違いがあって面白いが、ベートーヴェンの作品自体を敬っている点は変わらない。小柄な彼の身体からは想像もできないほどの強靭なタッチによる美しい音色と切れ味の鋭いテクニックでベートーヴェンの傑作を雄弁な語り口で弾いています。このベートーヴェンの全集も、実に細部まで美しく彫琢された、現代的な頗る明快な演奏です。また、オーケストラが凄まじい音を出しておりピアノが押され気味にも感じられる威勢の良さ。ヘルベルト・フォン・カラヤンとアレクシス・ワイセンベルクの全集でもそうだが、カリスマタイプの巨匠指揮者はソリストに対して優しくない。アシュケナージとショルティの初共演となった本全集は、その、いかにも伴奏ですよという風に流す演奏が多い中、こう気合いが入った伴奏はかえってありがたい。音をまとめるのが難しいとされるキングスウェイ・ホールでのロンドン交響楽団で腕を磨き、美しい響きのゾフィエンザールでのウィーン・フィルで理想の響きを得て、機動力ではティラノザウルス・レックス級のシカゴ交響楽団を手に入れた。主語にはショルティでも、デッカ技術陣でも良い。そう、本盤の素晴らしさは、アナログ絶頂期に当時円熟期にあった伝説の名エンジニア、ケネス・ウィルキンソンがシカゴの、メディナ・テンプルより音響に優れたクラナートセンターで収録したこと、絶頂期のゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団を伴奏に、溌剌としたアシュケナージによる演奏により、実に美しいピアノといい意味で豪快なオーケストラの組み合わせが好演。ピアノだけに耳を澄ますと、優等生的な気取りが感じられなくもないが、対照的なアプローチで鳴らされるオーケストラの力によって中和されている。ベートーヴェンのピアノ音楽には、柔和さや神秘的な雰囲気が神髄でもあろうが、現代的だ。そうしたところが支持されたのか、このショルティとシカゴ響との1972年の第1回目のピアノ協奏曲全集は、アメリカのグラミー賞を受賞している力強く、雄大なベートーヴェンです。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2sSbtpW
via IFTTT -
US LONDON CS7024 ウラディーミル・アシュケナージ ベートーヴェン・ピアノソナタ5番、6番、15番
スコアに刻み込まれた音楽本来の自然な流れを汲みとる手腕 ― 2017年80歳を迎えた名ピアニスト、ヴラディーミル・アシュケナージは、この6月にNHK交響楽団の定期を指揮している。演奏会に足を運んだ友達は多く、それぞれに多くの感動を胸に刻んでいる。現在は、世界各国のオーケストラに客演して、円満な人柄を反映した指揮ぶりで、幅広い演目を手がけている。現在の指揮者活動を予測もしていなかった、アシュケナージの若き日、1960年代から1970年代にかけてベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を録音していますが、一昨日、昨日に紹介した2枚の3曲 ― 「熱情」、第7番、「ハンマークラヴィア」は何れもその後に録音しなおされている。1971年に第32番の録音から、ソナタ全集は始まった。本盤の表紙には〝第7集〟とある。3曲からなる作品10の5番と6番、「田園」の愛称がある第15番が含まれている。同時期のマウリツィオ・ポリーニもドイツ・グラモフォンでのソナタ全集もそうだったが、ショパンコンクール優勝者がベートーヴェンのレコード録音に臨む場合、ロマン派の先駆けとなった後期ソナタから演奏することが多い気がする。しかし、アシュケナージは1991年に第30番から32番のピアノソナタを再録しており、指揮者としてのキャリアから身に付けた音のバランス感覚と円熟味増した演奏で、全体を通じて楽譜に忠実な演奏からはアシュケナージが求めているものが伝わってくる。彼の、あくまでも作品が主役であるというアプローチには好感が持てる。その音楽と向き合う姿勢は、つねに真摯である。模範的な演奏を聴くならこれを聴くことをお薦めする。吉田秀和氏は「世界のピアニスト」で、アシュケナージの「ハンマークラフィーア」やバッハのピアノ協奏曲のLPを例にとって、その音色の多彩さに言及し、少々留保付きだが、すべてを黄金に変えるミダス王
、豊麗な美女のようだと称している。21世紀に入ってから、バッハの作品のレコーディングを開始した。これについても、「若い頃からバッハはずっと大好きでした。しかし、ロシア出身のピアニストにバッハを、というオファーが誰からもなかったのです」と穏やかに語っていた。小柄な彼の身体からは想像もできないほどの強靭なタッチによる美しい音色と切れ味の鋭いテクニックでベートーヴェンの中期の傑作を雄弁な語り口で弾いています。ときにアシュケナージ30歳。美しいピアニズムと高度なテクニックが一体となった壮年期の録音で、才気が漲っている。アシュケナージは一般に、ヴィルトゥオーゾと称されるほど多くの難曲を弾きこなし、その上音色が多彩で、美しい音のピアニストとされ、ピアノの教師や生徒のお手本になる演奏をすると言われている。エキセントリックな表現や常軌を逸したデフォルメなどを拝しつつ、スコアに刻み込まれた音楽の自然な流れを大切にして、形づくっていく手腕に日ごろ調律のとれたピアノの音に接している聴き手ほど、レコードやCDからのピアノの響きを補完して聴こえていることだろう。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2xUPxAh
via IFTTT -
GB LONDON CS6563 ウラディーミル・アシュケナージ ベートーヴェン・ハンマークラヴィーア
月夜に瞑想するかのような深い味わい ― 吉田秀和氏は「世界のピアニスト」で、ウラディーミル・アシュケナージの「ハンマークラフィーア」やバッハのピアノ協奏曲のLPを例にとって、その音色の多彩さに言及し、少々留保付きだが、すべてを黄金に変えるミダス王
、豊麗な美女のようだと称している。柔らかくて粒立った音はこのピアニストの大きな特長であって、それはこの楽聖の後期の大作においても、すみずみまで如何なく発揮されている。ピアノソナタの頂点にして、ベートーヴェンのピアノ作品の最高傑作と言われる「ハンマークラヴィーア」。この愛称はピアノ・ソナタ第28番以降の作品はピアノフォルテではなく、ハンマークラヴィーアという進化したピアノで弾くことをベートーヴェン自身が指示したことが由来しているが、何故かこの第29番だけを「ハンマークラヴィーア」と呼称している。曲は4楽章から成り、演奏時間は45分ほど。技巧的にはかなり難しく、特に第1楽章の強音でパッセージを弾いたり、19分も掛かる長い第3楽章ではしんみりとした曲想で単調になってしまわない程度まで神経を集中させたり、さらに続く第4楽章は反動のようにメロディの随所随所に鬼のようなトリルを細かく入れたり、とこれを弾きこなせるかどうか、プロのピアニストにとっても一つの壁である。アシュケナージが最初に録音した「ハンマークラヴィーア」ソナタを聴くと、痒いところに手が届くような気持ちよさがある。技術の冴えもこれ以上は望めないくらい。1楽章における切れのよさとフットワークの俊敏さは、ちょっと今まで聴いたことがない。3楽章は春の野花を丁寧に摘み取るよう、優しくて暖かい。終楽章も瑞々しい流れの魅力が開放されていて楽しい。のびのびとした明快さで一気呵成に進んでゆく、こうしたベートーヴェンの精神性が浮かび上がる後期の演奏もひとつの見識。ときにアシュケナージ30歳。美しいピアニズムと高度なテクニックが一体となった壮年期の録音で、才気が漲っている。ショパン国際ピアノコンクールで2位となり、エリーザベト王妃国際コンクールで優勝したアシュケナージは、EMIやメロディアからレコードも発売されるなど音楽院在学中から国際的な名声を確立します。1965年には来日も果たし、さらにデッカと専属契約を結んで着々とレコーディングを行うなど、活躍の場の国際化とともに政府の干渉や行動制限が増えたため、1974年にはソ連国籍を離脱してアイスランド国籍を取得しています。この時期のアシュケナージの勢いにはすごいものがありました。本盤の『ハンマークラヴィーア』や『熱情』は、そうした時期に収録されており、30歳になったばかりのアシュケナージの冴えたテクニックによるフレッシュなベートーヴェン演奏を楽しむことができます。なお、アシュケナージの唯一となるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集録音に収められたものとは異なるものとなっています。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2kY7vIV
via IFTTT -
GB DECCA SXL6603 ウラディーミル・アシュケナージ ベートーヴェン・ピアノソナタ23番「熱情」、7番
すべてを黄金に変えるミダス王 ― ウラディーミル・アシュケナージの唯一となるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、アシュケナージの美しいピアニズムと高度なテクニックが一体となった壮年期の録音で、ベートーヴェンの精神性が浮かび上がる。ショパン国際ピアノコンクールで2位となり、エリーザベト王妃国際コンクールで優勝したアシュケナージは、EMIやメロディアからレコードも発売されるなど音楽院在学中から国際的な名声を確立します。1965年には来日も果たし、さらにデッカと専属契約を結んで着々とレコーディングをおこなうなど、活躍の場の国際化とともに政府の干渉や行動制限が増えたため、1974年にはソ連国籍を離脱してアイスランド国籍を取得しています。この時期のアシュケナージの勢いにはすごいものがありました。主にデッカレーベルに膨大な録音をしているアシュケナージは、モーツァルトのピアノ協奏曲全集、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集、同ピアノ協奏曲全集はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団と、ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との2種、ショパンのピアノ曲全集、シューマンのピアノ曲全集、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチなどのほか、アンサンブル・ピアニストとしてもヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノ・トリオ、リートの伴奏などにも参加し、驚異的とも言える非常に膨大なレパートリーを誇っている大ピアニストである。本盤や『ハンマークラヴィーア』は、そうした時期に収録されており、30歳になったばかりのアシュケナージの冴えたテクニックによるフレッシュなベートーヴェン演奏を楽しむことができます。なお、全集録音に収められたとものは異なるものとなっています。アシュケナージは一般に、ヴィルトゥオーゾと称されるほど多くの難曲を弾きこなし、その上音色が多彩で、美しい音のピアニストとされ、ピアノの教師や生徒のお手本になる演奏をすると言われている。日ごろ調律のとれたピアノの音に接している聴き手ほど、レコードやCDからのピアノの響きを補完して聴こえていることだろう。吉田秀和氏も「世界のピアニスト」で、アシュケナージの「ハンマークラフィーア」やバッハのピアノ協奏曲のLPを例にとって、その音色の多彩さに言及し、少々留保付きだが、すべてを黄金に変えるミダス王
、豊麗な美女のようだと称している。わたしも留保付きで奨めている。録音からにじみ出てくるアシュケナージが、大音楽家たちの作品から表現したいことは指揮者としての活動に移され、若いピアニストたちをソリストにして理想を目指しているように思える。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2kUNtPk
via IFTTT -
GB DECCA SXL6790 イツァーク・パールマン ウラディーミル・アシュケナージ ベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ1番&10番
厳しさと和やかさに満ちた対話 ― 好評な「クロイツェル」、「スプリング」に続いて登場した、協奏的に、しかも抒情豊かに謳いあげた、理想の共演のベートーヴェン。パールマンとアシュケナージのとても美しく丹精な演奏。みずみずしく、余裕さえ感じられる ― 36歳のウラディーミル・アシュケナージのリードの下、28歳のイツァーク・パールマンが持ち前の美しく華麗な音色で思う存分に演奏している様に感じる。音楽の素敵さを堪能できる1枚だと思う。〝至高の組み合わせ。現代におけるベートーヴェンの演奏規範。ふたりの天才にして到達し得た記念碑的名演奏〟とあったキャッチフレーズが印象に残る。また、DECCAの録音が素晴らしい。エミール・ベルリナーが円盤式の録音機を開発したのは1800年代末、レコード産業が次第に活況を呈し1914年には、Aerophone から Zonophone まで78レーベルが創業している。そのような状況のもと、2つの楽器が対等に拮抗しながら展開される、ベートーヴェンの革新的なヴァイオリン・ソナタが史上初めて録音されたのは1917〜18年のことであるらしい。1925年、マイクロフォンを使用する電気録音が始まると、それまでとは比較にならないほど鮮明で広いダイナミック・レンジによる収録が可能となり、1935年とその翌年にかけ、フリッツ・クライスラーとフランツ・ルップのコンビにより、ついに史上初のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集録音という偉業が達成されたのである。1950年代はSPからLPへと時代が変わる。さらに時は流れ、それまでのモノーラルからステレオLP、そしてCD時代になり、実に多くのヴァイオリニストが全集を完成させた。全集の中でベストを選ぶとなるとダヴィッド・オイストラフは堂々とした巨匠の風格に溢れており、世評は今でも高い。美麗なパールマンもいいし、流麗なピンカス・ズッカーマンも忘れがたい。パールマンとアシュケナージの若き日のベートーヴェンは、健康的な生気に溢れながらも作品の本質を見事に表出。そのスケールの大きな表現と精妙なアンサンブルは、颯爽としてニュアンスも豊か。稀代のヴィルトゥオーソ2人だからこそ成し得た、深い知性と限りない美意識に裏打ちされたロマンティックな演奏。20世紀後半の演奏規範たる理想の共演となった、夢の顔合わせだった。パールマンがアシュケナージと組んでベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第9番」と「第2番」を録音したのは、1973年の10月である。次いで、彼らは1974年の5月と6月に「第5番」と「第4番」を録音している。そして翌1975年の8月と11月に残り6曲を録音し終え、「ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全集」を完成したのだった。ヴァイオリン界最後の巨匠といわれるパールマンは1971年からEMIへ録音を開始し、主要ヴァイオリン協奏曲やソナタ、室内楽、小品集を録音したというだけでなく、ジャズやジューイッシュ音楽なども手がけてきました。彼は絹のような、美しくも切なく、人の心に寄り添うような美音で、暖かい言葉で語りかけてきます。その技巧の全てを駆使した音楽は、音程は完璧に制御され、徹底的な美音、豊麗な歌い回しなど、パールマンならではのものでしょう。パールマンもアシュケナージも、ともに熟達した技巧の持ち主だが、彼らはそうした卓越した技巧を縦横に駆使しながら、極めて充実した見事な演奏を行っている。本盤は演奏者の組み合わせの魅力と相俟って、いつまでも光を失わない不滅の名レコードだ。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2JuuxF6
via IFTTT -
FR DECCA 591 082 イツァーク・パールマン ウラディーミル・アシュケナージ ベートーヴェン・クロイツェル
天才の対話 ― 2つの楽器が対等に拮抗しながら展開される、ベートーヴェンの革新的なヴァイオリン・ソナタ。それぞれ個性的な10曲のソナタの、そのなかでも劇的緊張感や圧倒的な迫力によって充実した世界を形作る『クロイツェル』にベートーヴェン自身のつけた題は『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノソナタ』。特に規模が大きく、王者の風格をそなえており、ヴァイオリンとピアノが対等であることが特徴的である。ヴァイオリンの巨匠イツァーク・パールマンとピアニスト、ヴラディーミル・アシュケナージの若き日のベートーヴェンは、健康的な生気に溢れながらも作品の本質を見事に表出。そのスケールの大きな表現と精妙なアンサンブルは、颯爽としてニュアンスも豊か。稀代のヴィルトゥオーソ2人だからこそ成し得た、深い知性と限りない美意識に裏打ちされたロマンティックな演奏。20世紀後半の演奏規範たる理想の共演となった、パールマン&アシュケナージ夢の顔合わせだった。ヴァイオリン界最後の巨匠といわれるパールマンは1971年からEMIへ録音を開始し、主要ヴァイオリン協奏曲やソナタ、室内楽、小品集を録音したというだけでなく、ジャズやジューイッシュ音楽なども手がけてきました。彼は絹のような、美しくも切なく、人の心に寄り添うような美音で、暖かい言葉で語りかけてきます。その技巧の全てを駆使した音楽は、音程は完璧に制御され、徹底的な美音、豊麗な歌い回しなど、パールマンならではのものでしょう。パールマンの使用楽器は黄金期に製作されたと云う1714年製ストラディヴァリウスのソイル。倍音タップリ乗った音質は微塵も色褪せてはいません。パールマンがアシュケナージと組んでベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第9番」と「第2番」を録音したのは、1973年の10月である。次いで、彼らは1974年の5月と6月に「第5番」と「第4番」を録音している。そして翌1975年の8月と11月に残り6曲を録音し終え、「ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全集」を完成したのだった。パールマンもアシュケナージも、ともに熟達した技巧の持ち主だが、彼らはそうした卓越した技巧を縦横に駆使しながら、極めて充実した見事な演奏を行っている。特に《クロイツェル》は、あたかも火花が飛び散るかのような気概のこもった熱っぽい秀演だ。このとき28歳のパールマンの力強く徹底的な美音を36歳のアシュケナージはしっかり受け止めた、万全なテクニックではあるけれど「技量」を意識させず勿論奇矯にも走らない進取溢れる絶妙な演奏であり、組み合わせの魅力と相俟って、いつまでも光を失わない不滅の名レコードだ。from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード https://ift.tt/2xFE1IP
via IFTTT




